story

□tolerance
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「何だよ、脱ぎっぱなしにすると皺になるって五月蠅いの、久保ちゃんじゃん」


時任はそう呟くと、遠くにシャワーの音を聞きながら、ソファーに投げられていた 久保田の黒いコートを無造作に拾い上げた。

その時―


「何だ、これ」


ポケットから滑り落ちた小さなビニール袋を拾い上げ、目の前で掲げて見ると、その中身は薬のカプセルで。


「へぇ。なかなか面白そうなモン持ってんじゃん」


今日の久保田の外出先に思いを馳せた時任の瞳に、剣呑な光が宿った。


***


「久保ちゃん、明日もモグリのトコでバイトだっつったよな?」

「うん、言ったけど……なに、時任も一緒に行きたいとか?」


風呂から上がると、妙にニコニコして、いつになく機嫌がいい時任の様子に、久保田は怪訝に思いながらも、時任の問いに答えた。


「俺はいいや。どうせ早起きなんだろ?」

「早いって言っても、7時起きで十分間に合うんだけどね」

「いーの。俺様にとっての朝は10時を過ぎてからを言うの」

「ふーん……別にいいけど」


そう言いながらも本心は不信感を拭えないままで、乾いた喉を潤す為に冷蔵庫に向かおうとすると、時任が先回りをして、戻ってきた時には一本の缶ビールを手にしていた。


「これ、飲むんだろ?」

「あ、サンキュ」


久保田が受け取ろうと手を伸ばす。が、指先が缶に触れた瞬間、時任はビールを持つその手を、
久保田の手が届かない場所へと引いた。


「時任?」


受け取り損ねた久保田が怪訝に思って時任を窺うと、時任は笑顔を崩さないまま、久保田が手にする筈だった缶ビールのプルタブを開けると、そのまま自らの口に含んだ。

そして、いつもなら絶対にしないような事―久保田の瞳を下からじっと見つめながらその首に腕を回し、そのまま引き寄せるように口付けながら、自らが含んでいた液体を一滴たりとも残さない、とばかりに舌を絡めるという一連の動きを、当然の事のようにやってのけた。


「……うまい?」

「うん、凄くね」

「そっか。そりゃよかった」


久保田の答えに時任は濡れた唇で艶やかに笑うと、同じ事を二度、三度と繰り返した。


「あーそれから明日のバイト、やっぱ俺も一緒に行くから」

「え?」


時任とのキスで、アルコールの所為だけではない熱が身体を蝕み始めたところで、不意に時任がそう言った。

ぼんやりとした視界に、突然、中身の入っていない小さなビニール袋が突き付けられる。


「コイツのお礼を言いにな」

「時任、お前まさか、」


―媚薬を盛られた。


そう理解した瞬間、今までじわじわと広がっていた情欲が、突然暴れ出した様に加速して全身を襲う。

その場に立っている事が困難になって壁に寄りかかった久保田の足下に向かって、二つに割られた薬のカプセルが時任の口から吐き捨てられた。


「明日の朝は早いんだろ?俺はもう寝るから。お前も早く寝ろよ、久保ちゃん」


情けなくとも震えだした身体を抱いてそのまま壁伝いにズルズルとしゃがみ込んだ久保田の前を、時任が悠然とした足取りで横切っていく。

寝室のドアが閉まる音で久保田は我に返り、縺れる足を叱咤しながら時任を追って寝室へ入ろうとした。

が、いくらノブを回しても、寝室のドアは久保田を拒むかのように閉ざされたまま、開かれる事は無い。


「時任、お願いだから開けて、時任!」

「さぁ、俺様に薬を盛ろうとした事……たっぷりと後悔してもらおうじゃねーか」


久保田と過ごすこれからの時間を思って、時任は一人、艶然と笑みを浮かべた。

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