一次創作(オリジナル)小説


□冥府の魔女と狼の執事 4
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 常に首元まで締めていた蒼いネクタイを完全に取り払う。
端麗に整う前髪を掻き揚げ、額の線を更に明確に描き出す。
柳眉が深い皺を作り出し、その形相はまさしく狼。


「遅かったな、リゥル」

 ヘルが声を掛ければリゥルは険しい表情を一旦緩めて綻ばせると、
いつもの柔和な微笑みを浮かべた。


「申し訳ありません。さすがに同胞達に手を掛ける訳にはいかず、
加減することばかりに意識が向いてしまって……」

「言い訳は良い」
 有無を言わさぬ気迫でリゥルの言葉を容赦なく切り捨てる。


「冷たいですね、ヘル様は」

「嫌いになったか?」

 まさか、とリゥルは笑いながら口で手袋を脱ぎ捨てる。
露となった白い手は、次いで上着の中を弄り、
細いフレームを持った眼鏡を取り出した。

「私は今でもこれからも、貴女様をお慕い申し上げておりますよ?
赤ずきんでは感じられなかった愛というものを、貴女様で覚えさせて頂きましたからね」

 眼鏡で覆われた瞳でヘルを一瞥する。
すぐに表情から笑みを消し、冷徹な眼差しをチシャ猫に向ける。


 チシャ猫は小さく開いていた唇にゆっくりと笑みを刻む。
「ハジメマシテ、ロウガ家、ご当主サマ」


「猫科指導者、チシャ猫か」
 リゥルの口調が再び荒々しさを帯びる。
眼鏡のレンズ越しに覗く双眸は明らかな敵意をもって、チシャ猫を見ていた。


「チィ、久々に驚いた。オオカミサン、意外と怖いんだ」

「『俺』だけだ。そもそも執事としての『俺』は、
この五年間で必死に勉学を繰り返して、漸く得た姿だ」

 言いながらリゥルは後ろから襲い掛かってきた魔狼を、視線だけで確認した。
瞬き一つの間にシキエを小脇に抱え、魔狼に向けて掌を向ける。
鋭い牙がリゥルの指先に触れた途端に、金色に輝く縄が突如として現れて魔狼の体に絡みつく。
どすん、と重々しい音を立てて魔狼が床に転がった。


 自然的な現象ではない出来事に、チシャ猫が目を見開いてポツリと呟く。
「捕縛系の魔法……」


「『俺』達指導者は冥府直轄という立場上、
我らが君によって魔法を使える権限を与えられンのは、知ってるな?」

 流暢に言葉を並べ立て、リゥルは上着のポケットから懐中時計を取り出す。
一般では金が主流だが、リゥルが持つ懐中時計は、
ヘルが彼の色に合わせて銀で作るように職人に問い合わせた特注品。
灯篭の淡い光を弾き、鋭い光と化して輝く。


「単なる魂の運び人であり、元はただの獣だった『俺』達に魔法を扱える技量はねェ」

 だから、と言葉を続け、懐中時計の螺子を回して中を見せる。
刻一刻と時間を刻む時計の傍らには小さな彼岸花が添えられている。
しかも一般的に見られる彼岸花よりは数倍にも増して色が濃く、
紅いというよりは赤黒いと言った方が正しい。


「我らが君の血を少しだけ分けてもらい、華に吸わせる。
それを身に付けることで、初めて魔法を使える。
この方法は、神である我らが君でしかなし得ない方法だ」



 
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