一次創作(オリジナル)小説


□冥府の魔女と狼の執事 4
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「ラルム……」

「失礼ながら、今冥府がどのような状態になっているか、ご存知なのですか?」

 黙って耳を傾けていたヘルは、途端に瞳に鋭気を宿して光らせる。
ラルムという名の狼を一瞥すれば、彼は僅かながらに体を竦めつつ、
深く頭を下げて口を開く。

「クイーンのお力では及ばず、仕事は滞る一方……神と女王の差は歴然でございます」


 ヘルの妹であるクイーンは恋愛関係の事柄に対して、
的確な判断や助言を下すことから『ハートの女王』という肩書きを持っている。
しかし神の妹と言えど、実質その潜在能力は神に劣る半端なもの。


「どうか、一時的にでも宜しいので、冥府にお戻りを!」

「クイーンが――」
 決然と顔を上げたラルムに目もくれず、虚空を見据えながらヘルは言い放つ。


「アレが、弱音を吐いたか? 我に戻れ、と言ったか?」


「それは……」
 ラルムが言葉を濁す。

 ヘルがチシャ猫に視線を移すと、彼もまた慌ててヘルから視線を逸らす。


 ヘルは妹に仕事を全て押し付けたが、それはクイーン自身も承諾した事だ。
そもそもヘルが隠居生活し始めた事の発端はクイーンだ。


 冥府の神という肩書き上、自由に動けないヘルに比べて
クイーンは自由気ままに色々な場所を渡り歩くことが出来た。
物見遊山から帰って来たクイーンの土産話はヘルにとっても活力となるし、
同時に羨ましいとも思っていた。

 クイーンが一度仕事なんて放って人間の世界に行って来たら、と言い出したのは、
まさしくそんな時だった。


「アレは自分が音を上げるまで、我に絶対に戻って来るなと言っていた。
浮浪はしていたが、根は真面目だ。何よりも、我より負けず嫌いでな。
それにアレが仕事を怠っているかどうかなんぞ、白ウサギやトランプの連中から毎回報告は受けている」


 リゥルが食料の調達で居ない限り、報告は全て彼を通して聞かされる。
告げられた内容に嘘偽りが無いことは、胸を張って言えた。
白ウサギやトランプの兵士達はまだしも、
リゥルはヘルの下僕となった瞬間から彼女に忠実で真実から口にしない。


「ヘルサマ、戻らないなら、ロウガの当主サマ、チィが食べる!」

「リゥルを?」

 訝しげに眉をひそめ、チシャ猫が口走った言葉を口の中で繰り返す。
すぐにヘルは呆気を含んだ溜息を吐いて、軽く頭を振った。


「止めておけ。アレをどうこう出来るのは我ぐらいだ。
お前はともかく、幾ら同種でも――容赦はしないぞ」

 ヘルの言葉が言い終わった直後に、彼女の寝室と他の部屋を隔てる扉が轟音を立てて壊れた。
虚空を打ち破り、真空すら生じさせる程の勢いを持った扉はそのままラルムをも巻き込んで窓に激突し、
吹き飛ばした人狼諸共外に放り出される。


「――テメーら、一体誰に喧嘩売ってると思ってンだ?」

 怒気を孕んだ声は慇懃な口調から一変して、獣としての本質を露呈する。
日頃の彼からでは、まるで想像出来ない荒々しさを前にチシャ猫は勿論のこと、
彼の後ろにいたシキエまで絶句していた。



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