一次創作(オリジナル)小説


□冥府の魔女と狼の執事 4
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冥府の魔女と狼の執事
‐4.狼執事の忠誠



 外から聞こえる騒音に意識が冴える。
切れの長い睫毛を持つ瞼を、ゆっくりと上げる。
天井に吊るした灯篭の中で淡い光が蛍のように力強く輝く。
見慣れた天井――と、もう一つ。
予想もしていなかった顔が視界に入り込んだことに驚いた。


「オハヨウゴザイマス、ヘルサマ」

 抑揚の欠けた声を発した唇を不気味に大きく吊り上げる。
目元が長い前髪によって覆われており、唇の動きでしか感情が読み取れない。


「っ――!」
 反射的に身を起こそうとする。
その前に闖入者が彼女の身体に抱きついて、浮ついた体を再びベッドに沈めた。


「チシャ猫……?」

 全ての猫科動物を統べる山猫。
『チシャ』とは代々冥府を統べる者の側近を意味する。
他の指導者とは違い、自身の種族を一人で統率する。


 元々桜色だった髪の所々を菖蒲色に染め上げ、それは虎の縞模様を彷彿させた。
肩より少し長い柔らかな猫毛を一つに纏め、菖蒲のコサージュで軽く結い上げている。
髪に紛れて、左右の色が違う猫耳が見える。
囚人服を思わせる白と菫色で彩られた横縞の衣服は、
小柄な体格を描く線を包み隠すことなく、ハッキリとさせている。
それは密かに無防備であることを主張しているように見えた。
彼が首を小さく動かす度に、細い首に掛けられた鈴がチャリンと静かな音色を奏でる。


「ヘルサマ、ヘルサマ」
 ほぼ棒読みに近い声音で名前を呼び、彼女の首筋に顔を埋める。

 チシャ猫は生まれつき、感情を理解していながらも、それを表に出すことが出来ない。
故に体で意思表示をはかる。


「チシャ猫、何故お前がここにいる?
今お前の主人は我では無い。クイーンの筈だろう?」

 感情を押し殺した声で訊ねる。
ピタリと、甘えていたチシャ猫が動きを止める。


「だから、チィ、ヘルサマ、迎えに来た。
チィ、ヘルサマじゃなきゃ、ヤダ」
 絶対にヤダ、と最後に一言付け加えて、首を左右に振る。


 体を起こそうとするヘルを、透かさずチシャではない何者かが横から押さえつける。
見ると灰色の毛並みを持つ一頭の狼が申し訳無さそうに鼻からか細い声を出す。
大きな前足は毛布を力強く押さえ付け、軽く引っ張った程度では離してくれそうに無い。
ヘルは諦念し、横になりながらも頬杖をつく。

「ご丁寧に、魔狼の連中まで呼んだのか」

「オオカミサン、みんな、ヘルサマのこと、大好き。
だから、チィ、お手伝いした。チィも、ヘルサマに戻ってきて欲しいから」

「お前達の気持ちはよく分かるが、我はもう冥府に縛られたくないんだ」

「チィ、ヘルサマがイイ……ヘルサマじゃなきゃ、ヤダ……」
 短い腕を必死に伸ばして、チシャ猫はヘルの首に絡める。


「ヘルニア様……」
 傍らで毛布を押さえつけている魔狼が、厳かな声を発して声を掛ける。



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