一次創作(オリジナル)小説


□冥府の魔女と狼の執事 3
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 チラリと視界の端で彼の顔を窺う。
一度狼に襲われた経験から、胸の奥底で燻る恐怖心が、血の気を引いた青白い顔色として滲み出ていた。
今にも小刻みに震え出そうとする手に力を入れ、強く食器を握り締める。


「そう心配せずとも、ヘル様の命令がある限り、私はあなたを食べることはありません。
ヘル様こそ私の全てであり、私自身の存在意義ですから」

 すると、シキエの表情から忽ち重く差し込む影が消え去る。
彼はほっと胸を撫で下ろした。


 それに、と続けたリゥルの言葉にシキエは不思議そうに目を瞬かせる。

「私はヤギ肉よりも馬肉の方が好きでして」

 輝かしい笑顔で告げる。


 シキエの表情が一瞬にして固まった。
上昇していた血の気が再び一気に引き下がり、隠し切れない恐怖心が表に出る。
小さな体が食器を握る手と共に、遂にカタカタと震え出した。


 刻々と表情を変える仔ヤギに新鮮さを感じながら、楽しげな笑みを一つ零す。

「冗談ですよ」

「ジョーダンには聞こえませんよ、リゥルさん……」
 シキエはがっくりと肩を落として、身体を強張らせていた緊張を解く。


「これは失礼。何分、シキエのようにころころと感情が変わる子を見るのは久々で……」

 クスクスと小さく笑っていると、シキエがあの、と控え目に声を掛けてきた。

「リゥルさんも、ヘルさまに拾われたんですよね……?」


「五年前に、森の中で出会いました。
……その時、私はとある少女に恋をしていましたね」


「え……?」
 シキエが胡乱気な声を上げる。


 カチャリと小さな音を立てて静かに食器を積み重ねていく。
その中でリゥルは静かに語る。


「我々魔狼は本来、冥府の住人。
ですが、彼らを統率するロウガ家は死する人間の魂を喰らう権利が与えられます。
食らうとは言っても、寿命で死が近づいている人間の魂を肉体から食い千切る事を言うんですがね。
そこから冥府に魂を運ぶのが、ロウガ家のみに与えられた仕事。
まあ、手違いで魂の一欠けらとか、半分くらい食べちゃうのもいますが……」


 今でも瞼を下ろすと鮮明な色合いを以って思い出される。

「当時の私は森の中に住む老婆と、彼女の孫娘の寿命を知りました。
少女の名前は知りません。ただ、毎回赤い頭巾を被っていることから、
私は勝手ながら彼女を『赤ずきん』と呼ぶことにしたのです」


 少女は三日に一度、祖母であろう老婆の元に見舞いに行く。
その際には必ず森の中を通っていた。


「なんで毎回赤いずきんを被ってたんですか?
森の中を歩くなら逆に目立っちゃいますよ?」


 シキエの言う通り、森の中では赤や白などの鮮明な色は逆に目立ち、
生肉を好む獣達の標的になり易い。
だが、獣達は赤を身に付ける人間には決して近づけない理由がある。


「赤は冥府において、毒気が一番強い色だと言われています。
実際、ヘル様の前に冥府を治めていた者が彼岸花を食べ、その毒で死んでしまいまして……」


「彼岸花の毒?」
 訝しげに首を傾げるシキエにリゥルはおや、と驚愕を含んだ声を上げる。



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