一次創作(オリジナル)小説


□冥府の魔女と狼の執事 3
1ページ/5ページ

冥府の魔女と狼の執事
‐3.魔狼の恋路


 ヒトよりも数倍の時間を生きていると、その流れは遅鈍に感じてくる。

 ふと壁に掛けてある振子時計に視線を移せば、時計の針はまだ夜の十二時を指していた。
主人が寝入った今では彼女を起こすまでの時間が一番長く感じる。


 リゥルが重い溜息を吐く。すると、シキエが心配そうに顔を覗き込んで来た。

「リゥルさん、元気ないです。
ヘルさまに叩かれたほっぺ、まだ痛いんですか?」

 言われて、改めて頬に走る痛みを自覚する。
そっと赤味が差す左頬に触れながら、そっと小さく微笑んだ。

「大丈夫ですよ。シキエこそ、髪をそんなに短くして良かったんですか?」


 ヘルが宣言した通り、彼女と共に暖かい湯船に浸かったシキエは見違えるほど綺麗になった。
汚染された空気で薄汚れていた髪が、
洗い落とせば目を見張るほどの素晴らしい黄金色を発していた。
長いままが良いと思ったが、癖が強いシキエの髪は長ければ整える度に痛い想いをするので、
配慮して渋々切ることになったのだ。

しかし、何処まで切るかが問題だった。


「ヘルさまと同じが良かったからいいんです」
 短くなった自分の髪に触れ、照れ臭そうに笑う。


 頭部全体の髪の量は少なくなったものの、耳元を覆う髪は少しながら長いままにしておいた。
彼の髪を切り整えたリゥルは黄金色を活かす機会が無ければ勿体無いでしょう、と言ったが、
正直に言えばヘルと全く同じにさせるのが嫌だったからだ。


「よく似合っていますよ」
 柔らかな髪を優しく撫でてやると、シキエは嬉しそうに頬を染める。


「それにしても、シキエがあの七人兄弟の末っ子だったとは驚きました」


 シキエはこの近くに住む、七匹のヤギ兄弟の末っ子。

 今から五年前に一匹の狼が七匹の内、六匹を丸呑みした事件があった。
狼に襲われずに済んだ末っ子が、出掛けていた母親に助けを求めたので、
大事になる前に兄弟達を助け出すことが出来た。

 返り討ちにあった狼は泣く泣くロウガ家で休養する羽目になったとか、ならなかったとか――。


 ちなみに、その話を聞いてすぐに羊だと思っていたシキエがヤギだと発覚した。
ヤギとは思えぬ毛並みの正体とはと言うと――。

「夜は寒いからって、お母さんがヒツジさんの毛で作ってくれたコートなんですよ〜」


 曰く――シキエは先日十歳の誕生日を迎えたばかりで、
ヤギの間ではその年齢を迎えると、以降は大人として扱われる。
つまりは出稼ぎに出なければならないのだ。
その仕来りに従い、最後の一人であるシキエは母に見送られて家を飛び出した。


 野生に生きる肉食動物達に怯えながらもシキエは生き延び、
なんとか働き所を見つけようと必死だった。]
三日三晩飲まず食わずに彷徨っていたところをラプンツェルの畑を見つけ、
空腹に負けて畑に侵入したという。
ヤギの硬い蹄では、茨の棘も何の意味も成さないようだ。


「ところで……、リゥルさんは、オオカミさん、なんですよね……?」

 食器から飛沫を拭いていたシキエの手が、その言葉と共に止まる。



次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ