一次創作(オリジナル)小説


□冥府の魔女と狼の執事 2
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「……………………、……リゥル……」

 たっぷりと間を空けてから地を這うような低い声で執事を呼びかける。
その声に含まれているのが静かな憤りだと感じながらもリゥルは至って冷静に、
はい、と応じる。


「今すぐこの歯形を検出して犯人を調べろ。
我が屋敷に土足で踏み入れた仕置きも兼ねて、たっぷりと礼を――」

 ぱきん。枝を踏みつけて折った音が確かに聞こえた。


 反射的にヘルが指を打ち鳴らし、呼応して茨が動く。
茨は宙で唸りを上げながら、慌てて木々の中に隠れようとしていた人影を絡め捕る。
どすん、と大きな音がした。


 くく、と喉の奥で低い笑いを零し、
静かな怒りを湛えたヘルが人影に近づく。

「相手が悪かったなァ、コソ泥?
我が庭に勝手に踏み込んだのがお前の運の尽きだな」


「う、うぅ……」
 地面に倒れた人影が低く呻いて身体を起こそうとするが、
足に食い込んだ茨が傷みを伴って体力を奪う。


 一旦怒りを静め、ヘルは静かにラプンツェルを盗み食いした犯人を見遣る。
「お前、羊か……?」


 見るからに肌触りが良さそうな毛並みは、
元々は素晴らしい金色を誇っていただろうが野生特有の汚れが目立つ。
同色で彩られた癖の強い髪は長く、リゥルと同じ腰までありそうだ。
毛並みと混じっていて、何処から何処が髪で毛並みなのか分からないが――。
頭部には巻き角があり、足には逞しい蹄が備わっている。
あどけない表情を持つ面持ちから、まだ幼い少年のようだ。


「ラム肉ですか。ここ最近食べてなかったので、丁度良いです」

 愛想の良い笑みを浮かべながらもリゥルはさらりと爆弾発言をする。
殺意などは微塵も宿っていなかったが、冗談とも取りにくい真摯な声だった。


 子羊はひっ、と短い悲鳴を上げて怯える。
逃げようにも彼の右足を戒める茨は足掻けば足掻くほど皮膚に深く食い込み、
薄汚れた毛を更に赤く汚していく。


「リゥル、鋏を持って来い」
 ヘルの言葉を聞いたリゥルが訝しげに首を傾げる。
「鋏ですか? ですが、捌くのであれば包丁では?」

「誰が食べることを許可した?
この子供は、たった今から我が所有物だ」


「……………」

 数回ほど瞬きを繰り返すリゥル。
たっぷりと数拍分の沈黙を経てから「はぁ!?」と驚愕たる声を上げる。


 リゥルの応答など黙殺し、ヘルは子羊の足に絡みつく茨を一瞥して指を弾く。
茨はすんなりと子羊の足を開放し、そそくさとラプンツェルの畑に戻る。


「お前、名は?」

「シ、シキエ……」


「シキエ――か、良き名だ。お前はたった今から我が所有物となった。
その髪の毛一本から、血の一滴に至るまで我に捧げろ」


 しなやかな指が揃う手をシキエと名乗った子羊に向け、
汚れが目立つ黄金色の髪に指を通す。
今まで櫛が通ったことがない髪は硬く、汚れのほかに枝毛も目立った。
まずは入浴が先だな、とひっそりと考える。



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