一次創作(オリジナル)小説


□冥府の魔女と狼の執事 1
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 黒や灰色など暗く濃い色で彩られた魔狼達の中で、珍しい青みがかかった銀色を持つ。
その色で染まった髪は腰まで長く、全体的に左側に向けて結い上げる。
顔の輪郭が明瞭と描かれている右側からはスノードロップの耳飾り(イヤリング)が覗き、
彼の端麗さに拍車を掛けていた。
整った鼻筋を中心に、鋭くも緩やかな弧を描いた容貌には美しい部品が勢揃いしている。
宝玉の如き輝きを持つ瑠璃色の眸を閉ざす瞼は長い睫毛が揃う。
常に柔和な笑みが浮かぶ唇は薄く、青や銀で彩られた中でも毒々しい赤を持つ。
女性の如き細い線を描く体格を覆うのは紺碧の燕尾服で、彼の気品さが滲み出ていた。


「これでもヘル様の為に、私が一生懸命用意した、最高の目の保養でございますのに……」
「こんな胸糞悪い光景を好むのは貴様ら魔狼か、ケルベロスぐらいだ」

「ヘル様も同じ冥府出身でございましょう?」

「元≠セ。執務も全て妹に任せて、今や堂々と隠居生活を満喫しているだろう?
まあ、その様がコレとは笑い話にもならんがな」

 優雅に足を組み、膝の上でティーカップを持ち上げる女性こそ、
リゥルの主人であるヘルニア・サングイス=デスフィアンである。


 肩で切り整えた帝王紫の髪をリゥルの趣味によって造花の牡丹が幾つも連なった王冠で飾り、
切れの長い睫毛の下で感情によって色が変わる紫紺色の瞳が常に剣呑に光る。
豪奢な物をあまり好まないため、葡萄酒の如き色で彩られた質素な細身の衣服を纏うことが多い。
その度にリゥルが「せめて装飾品でも豪奢なものに!」と半ば強制的に派手な華の形を象った装飾品を与えてくる。
拒絶すると本気で泣かれるから困ったものだ。


 外見こそ二十歳前後のうら若き乙女だが、その実、冥府の神である。
ヒトや獣など種類構わず、その身に息衝く生命を司る。
死した魂を検討し、生前の行いに沿って百年の輪廻が回るまでの道筋を決めるのが彼女の仕事――だった。

 十年前、彼女は妹であるクイーンに全てを押し付けて、威風堂々と隠居生活を満喫している。


「そういえば先ほど、白ウサギ殿が参られました」
「クイーンの従者のか?」
「なんでもクイーン様のご息女・アリス様と結婚するという事で、婚礼の儀にヘル様をご招待したいと」

 ほう、とヘルは興味深そうに目を細めた。
リゥルが差し出した招待状を手にし、長い爪で封を切る。


「『イカレ帽子屋』と名高きマッドハンターを差し置いて、とうとうアリスを物にしたか白ウサギ。
大したものよな」

 くくく、と喉の奥で笑いを零しながら、封筒の中から丁寧に折り畳まれた便箋を取り出す。
広げてみると、茶会をイメージした可愛らしいティーカップの絵が描かれていた。
そこに綴られている文字に視線を滑らせる。


「それにしても、ここ最近、えらく婚礼が続くな。
一ヶ月前には人魚の姫君が同国の王子と結婚。
その半月後では、確か――あぁ、白雪の姫が隣国の王子と結婚したか」

 婚儀の数週間前には必ずこうして招待状が届く。
断る道理もないので出席すると、祝福の言葉と共に恋路を手伝ってくれた事に感謝される。


「礼を言われるのはいいが、偽悪を演じるのはどうも納得がいかん」

 柳眉を寄せて、ヘルは頬杖をつく。
憮然とした声音でぼやく言葉に、リゥルも「そうですね」と首肯した。



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