一次創作(オリジナル)小説


□冥府の魔女と狼の執事 1
1ページ/5ページ

――御伽噺をお聞かせしましょう。




冥府の魔女と狼の執事
‐1.魔女主人の武勇伝




「おい、リゥル……お茶をしたいと言ったのは確かに我だが……、
誰がこの最低な風景を前に茶会を開けと言った?」

 眼前に広がる光景を一瞥し、苛立ちを含んだ声で問いかける。


「何を仰います、ヘル様。ご覧下さいませ、この荒れ果てた庭を」

 執事の言葉通り、テラスから覗く広い中庭は言葉では荒れ果てている、と一言で済む。
しかし目に映りこむ実際の光景は、その言葉だけでは足りないくらいの惨状が広がっていた。


「自分で『荒れ果てた』とか言ってては世話ないな。
死骸に群がるハイエナと鴉共を見てどうしろと言うんだ?」


 むき出しの土から覗くのは、雨によって穿たれた隙孔と微かに見える樹の根。
かろうじて生えている樹木は豊かな緑をその身に宿す事無いまま、
虚脱感を滲ませた枝達を垂らしている。
そんな木々の中で本来ながら瑞々しさを齎す噴水は、――言う間でもなく渇水しており、
精緻な細工で施された石像も小さな錆が所々に顕れて目立つ。


 そして極めつけは腐臭漂う動物達の死骸。
昨日死んだばかりのものから、ここ数十年間居続けたものまで種類は豊富。
そんな豪華な献立を前に、鴉とハイエナは嬉々として腐肉を頬張っていた。


 中庭の手入れなど、ここ数十年間忘れていた女主人は口元を引きつらせて執事の返答を待つ。



 執事は優雅にティーセットを主人の手元に置くと柔らかい笑みを浮かべて一言。

「――和んでください」
「和めるか!」

「ひ、酷いです、ヘル様! 私にはこの中庭が豪華な食事にしか見えません!
見てください、あの馬なんて死にたてですよ! きっと美味ですよ!」


 興奮気味に早口で喋る執事が指す方向には彼の言うとおり、まだ死んで間も無い馬が横たわっていた。
肉を覆う皮を容赦なく鴉が啄ばむ。
その様子を執事はいいなァ、とぼやきながら眺める。


「既に蛆が巣食うような肉を、我は食べたくないがな。
あと落ち着け。耳と尻尾が出ているぞ」

「おっと、これは失礼しました」

 燕尾服の上から突如として顕れた長い毛に覆われた太い尻尾を一撫でし、指を弾く。
長い尾は音も無くその形を崩し、視界から消え失せる。
髪の間から生えてきた犬耳も、同じように撫でてから指を弾いて消す。


 リゥル=ロウガ――『地獄の番犬』ケルベロスを親に持つ、冥府に住む魔狼。
その中で一際ケルベロスの血が濃い血族が集まり、
それはいつしか魔狼を始めとした野生の狼達さえも統率する一族として存在するようになった。
彼はそんな一族の当主の座に立っている、人狼の青年だ。



次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ