一次創作(オリジナル)小説


□ダークナイト 第5楽章
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   第5楽章 星霜の終曲



 ざりっと砂利の道を踏み鳴らし、両足を止める。
温色で彩る多種の花を集めた束を握り直す。

 雪の匂いを帯びる秋風が一つに括った黒髪を弄ぶ。
ふぅ、と軽く息を吐けば、白を帯びた息は風に溶け込んでいく。


「ああ、そうだ。やっぱりだ」

 藍色の空に浮かぶ、宝玉の如き輝きを持つ星。

その中で一際青白く光る三日月をそのまま水面に映す池は、
昨晩≠ノ見たものと全く同じだった。


 元の世界に――否、元の時間≠ノ戻って来たラーズは20歳ではなく、
呪いが再発した少年の姿で西側の国に来ていた。


 世界を大きく揺るがした戦争の傷跡は20年経った今でも深々と大地を抉っており、
暫くは――もしかしたら、ずっと癒えないかもしれない。

 その傷跡を、まるで硝子細工でも扱うような優しい手付きで撫で、
それから灰塵と化した屋敷の跡形を眺める。

構造から動物達が住んでいた屋敷に間違いないだろう。


「どうりで、冥府のカミサマが僕を殺そうとする訳だよ」

 雪女が会ったという冥府の神が何故ラーズの事を知っていたのか不思議でならなかった。
仮にこの世界で言い伝えられている冥府の神だとしても、わざわざ異世界に送り出す意図が分からない。

 それが全て理解出来たのは、つい先ほどだ。


 神は絶対的無限たる存在。
主神ほどの力は無いが、それでもある程度の神には
人間の手が行き届かない領域に易々と踏み込むことが出来る。

例えば、――今回の一件。


「僕は異世界ではなく、過去に飛ばされただけだった」

 時間を操ることなど神にとっては造作も無い。

 今の時代でラーズに手を掛ければ邪魔が入るし、何よりも<神殺しの刃>で殺されかねない。
だから動物達が一か八かで仕掛けた召喚魔術に手を加え、ラーズが過去の世界に飛ぶように細工した。

 10年前に殺した雪女まで利用しなければならない程、相当<神殺しの刃>が厄介と見える。
元々戦争を起こした元凶としてラーズは神々に嫌われているが。


「まあ、どちらにしろ、人間じゃなきゃ僕は殺せないけどね」

 ふとラーズは館から少し離れた場所に建つ、小さな墓石に視線を滑らせる。
あの動物達が家庭用で使うナイフで彫ったのだろう。
少し歪な形で掘られていた名前は年季が入っていて大半が潰れかけていた。
刮目し、かろうじて読み取る。


「エルジュ、ノエル……」

 彼らが愛する、白雪の姫。

 戦争が付けた傷から難を逃れて、
ひっそりと控え目だがしっかりと建つ墓に握っていた花束を沿える。


「御機嫌よう、白雪の姫君。お久しぶりですね」

 いつもは妖艶や冷嘲しか浮かべない顔に、温然な微笑みを作り出す。
胸に手を当て、墓石に向かって慇懃たる態度で一礼した。



 変装で何者にも完璧に化けられるように身につけた接客術。
死者相手であろうとも最低限の礼儀をもって接しなければ失礼だ。



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