一次創作(オリジナル)小説


□ダークナイト 第4楽章
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 緋色のリボンには白い糸で雪の結晶が刺繍されていた。
結晶の合間には糸ではなく銀粉が散りばめられ、雪のように見える。
職人が作り出す豪奢な装飾品に比べたら質素だが、嫌いではない。
寧ろ姫はこうしたあっさりとした作りの方が好きだ。

「これを、その殿方が作ってくれたの?」

「そのようです、姫が目覚めたら渡して欲しいと言われまして……。
せめて姫の目が覚めるまではここに留まった方が良いとわたくし供も止めたのですが……」

 ぐちぐちと小言を並べる亀の言葉を聞きながら
姫は髪を軽く結われているリボンを解いて、緋色のリボンを黒髪の中に通した。

刺繍された雪の結晶が見えるように、髪を肩口に流してリボンで括る。
黒髪を飾る緋色のリボンは白よりも映えて見えた。

「よくお似合いですよ、エルジュ姫」
 賞賛してくれる鶴にありがとう、と微笑む。

 鶴は恥ずかしさに赤面したが部屋の隅で震えることなく、
照れ臭そうに自分の頭を掻いた。

「亀さん、その方の名前は分からないかしら?」

「お訪ねしたところ、ただ『玄き影の子』とだけ」

「『玄き影の子』……」

「本当の名前ではないにしろ、影のような青年でしたので違和感はありません」

「そう……また会えるかしら?」

「それは……」

 亀は言葉を濁し、気まずそうに視線を逸らす。
チラチラと姫の顔色を盗み見しながら、おずおずと口を開く。


「申し訳ありませんが、それは無理です。
姫様を救いたいという強い想いがようやく叶って完成出来た召喚魔術ですから」

「でも、せめてどんな容貌だったかを肖像画に残せないかしら?」

「そのくらいでしたら……」
 羊、と短く呼びかければ、もこもこの毛に覆われた羊がハーイ、と嬉々としてやって来る。

 羊は壁際に置かれている紙を取り出し、その上にペンを滑らせた。
せっせと描写に取り掛かる羊を見つつ、姫は期待に胸を膨らませる。


「『玄き影の子』――ゲンエイ、か……」

 文字は分からないが、自然とその言葉が口から零れた。
言った後から軽く驚くが、すぐに微笑んで呟いた名前を口ずさむ。


 いつか出逢える事を夢見て、今はただ彼が元の世界に無事戻れたかと案じていた――。





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