一次創作(オリジナル)小説


□ダークナイト 第4楽章
1ページ/2ページ

   第4楽章 恩赦の鎮魂歌


「……ぅ、……ん……」

 小さな呻きを上げながら瞼を押し上げる。

暗闇から一気に開けた視界は霞んで見えたが、
次第に鮮明な色合いをもって明瞭な形容が映しこむ。


「エルジュ様!」

 歓喜を帯びた声で自分の名前を呼んだそれは、短い手を広げて胸に飛び込んできた。
反射的に抱き返すと、柔らかな毛並みが掌に伝わる。

「白ウサギ……?」
 不思議そうに聞き返すと、白ウサギはハイ、と満面の笑みを浮かべて大きく頷く。

「わたしは……」

 こめかみを押さえ、記憶の糸を辿る。

覚醒したばかりの意識の中で未だ眠る思考は微かにだが、
エルジュノエルに意識を失う前の光景を思い出させる。



「わたしは確か綺麗な王子様のお嫁さんになろうとして……。
でも、その王子様が雪の魔法を使う女の人で……」

 そうだ。逃げていた途中で力尽きて、亀に拾われたのだ。
安穏と暮らしていく内に王子達の事など忘れてしまっていた。

暫くしてから王子が直々に、動物達が住む館にやって来た。
そして自分を氷の中に閉じ込め、――そこで意識は強制的に閉ざされたのだ。

「わたしを救い出してくれたのは、あなた達なの?」

 そう投げかけた質問にいいえ、と否定の言葉を投げかけたのは、
ベッドの傍らに置かれた棚にチョコンと座る亀だ。

礼儀正しく揃えた両足を折り曲げて座り、背筋をしゃんっと伸ばす。
姫を見上げる優しい眼差しは以前と変わらない。


「貴女様を救ってくださったのは、
わたくし供が呼び出した異邦の――異世界の方です」

「異世界の? どんな人だったの?」

「夜空を切り取ったような長い黒髪を持つ好青年です。
黒曜石の双眸は微かな愁いを感じましたが、
我々の願いを聞き取って下さった勇敢な殿方でした」

 殿方、と姫は口の中で繰り返し、改めて自分を助けてくれたのが男性だと知る。

「是非とも、その方を城に招待したいわ。
何処にいらっしゃるの?」

 国の宝を救ってくれたことを謝礼し、英雄として国民に語らねばならない。
何よりも直接会ってお礼が言いたかった。


 亀の優しい視線が不意に伏せられ、頭が小さく左右に振られる。
その意思をどう受け止めていいのか分からずに姫は訝しげに首を捻った。

「もうここには――この世界にはおりません。
勝手ながら、姫様をここに送り届けてすぐに元の世界にお帰ししました」

 姫は二の句を継ぐことに失敗した。
咄嗟にえ、と聞き返す言葉しか出てこない。


「ですが、姫様にお渡しして貰いたい物を預かっています」

 亀が傍らに置いている杖を持ち上げ、柄頭でトントンと棚を叩く。

すると食事を片手に持つ鶴が入室して来た。

姫の前に自分が作った食事を差し出すのと同時に、
空いた手で握っていた緋色のリボンを姫に渡す。




次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ