一次創作(オリジナル)小説


□ダークナイト 第3楽章
3ページ/3ページ

 獣は吼え、鋭い牙が並ぶ口内を露にしながら少女を幽閉している氷に突進した。
獣の姿は吸い込まれるようにして氷の中に溶け込んでいく。


 ラーズがおもむろに諸手を挙げて打ち鳴らす。
その音を合図に、何処からとも無く生まれた亀裂が細かな音を立てて氷塊を埋め尽くす。
氷越しでは少女の姿が見えなくなる程の亀裂に覆われた氷塊は次の瞬間、轟音を奏でて砕けた。


 少女の体が重力に遵って前のめりに倒れる。
それを咄嗟に胸の中に納める。

「まったく……通常成長を果たしたら、とことんお人よしになっちゃうんだねェ」

 少女の口元に耳を寄せれば、すやすやと規則正しい寝息が聞こえる。
とりあえず呼吸の確認が出来ただけで、ラーズはほっと安堵して胸を撫で下ろした。

「で、その娘を彼らの元に届けるのか?」

「そうする予定だけどね。
でも、一応御伽噺通りにやらなきゃ意味が無いし」

 なに、と驚いた声を上げ、姿を顕現したシャドルクがラーズを振り返る。

 ラーズは人差し指を自分の唇に当てると、
邪気が一切無い純粋な子供が浮かべる悪戯っぽい笑みを作る。

 シャドルクは深い溜息を吐いたが、
今回は反論すること無いまま、主人の願いを鵜呑みしてくれた。

ぷいっとそっぽを向く半身の背中を見、心の中でごめんね、と軽く謝罪する。


 でも、とラーズは眼下にいる少女に視線を落とす。

細い顎を軽く持ち上げ、薔薇色の唇を軽く親指でなぞった。
肉厚の唇は瑞々しく、柔らかい。

「残念だけど僕はアナタの王子様じゃないんだよ。
それだけは分かってね?」

 自分は道化師で、影法師。

 何事においても暗躍を続ける、闇の化身。

 ヒトが抱える狂気が集まってヒトの姿を象った、狂気の権化。

 生まれてこの方20年間、そうして暮らし続けた自分に表舞台に立つ権利など無い。
陰でひっそりと存在するのが心底性に合っている。



だから――、

人助けはこれが最初で最後だ。





「王子様じゃなく、悪い魔法使いがキスのお相手でごめんね……?」


 見知らぬ男に唇を奪われるのは生理的嫌悪感を抱かせるだろうが、
今はそんな細かい心境を配慮している場合ではない。

彼女が目覚める前に事を終わらせなければならないのだから――。


 何故か目の奥が熱くなるのを感じながら、ラーズは少女の唇に自分のそれを重ねた。





前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ