一次創作(オリジナル)小説


□ダークナイト 第3楽章
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「来世まで御機嫌よう、雪女(レディ・スノウ)……」


 雪女の体を貫く爪をゆっくりと引き抜く。
肩にもたれかかる彼女の重さが更に増し、掴んだ手からも力が抜け落ちる。

力強く憤慨の色を宿していた瞳も、淀んだ影を落として虚空を見据えていた。

 呼吸している気配がなく、拍動も聞こえない事切れた体を引き剥がすと、
ゆっくりと自分の影に沈めていった。


「今度はヒトとして生まれ落ちておいで。
魂が僕の事を覚えていたならば、今度は勝てる要素を持って挑んできなよ」

 最後に残った掌を優しく撫でる。
ラーズの指から零れ落ちた白い腕は波紋を広げる影に飲まれて、影や形を失う。

 シャドルクはラーズに比べて魔に属する者側寄りであるため、
同じ属性の存在を吸収することが即ち彼にとっての食事になっていた。

自分が気に食わないという理由や神に使わせて襲い掛かってきた
魔に属する者達は今までこうして屠ってきた。

 静寂が訪れた王子の部屋の中でラーズは短くも長い時間を思い返して、
深く深く息を吐く。


「キスすることは免れて嬉しいけど……でも約束、護れなかったなァ」
 あの亀サン達になんて言い訳しよう、と抑揚の無い口調で呟く。

 姫は雪女。そして王子も雪女。
彼女の能力ならば雪像で見立てた王子を作り出すなど簡単だろう。

最初から自分が撒いた火種だったのだ。



「困ったなァ……」
 顎に手を当て当惑する。
首を捻って思案しても、良案は思いつかない。


 何気なく広い部屋を軽く見回す。
大半の家具が、雪女が発した冷気によって凍り付いていた。
外から流れ込んできた風に乗じて寒気が泳ぐ。


 ふとベッドに傍らに立てられた長い鏡が目に入った。
鏡の四隅で精緻に施された雪の結晶が陽光を浴びて七色に光る。
内心綺麗だと感嘆しながら、注意深くその鏡を見遣る。

一言で言うならば大きな鏡で済むが、その大きさがあまりにも異様だった。

恐らく着飾った己の格好を見る用途の為に作られたと思うが、
それにしても横幅が広すぎる。

人一人の体格分あるのではないかと考えたラーズはゆっくりと鏡に近づく。


「シャドルク……」
 静かに呼びかけた半身が応じて動き出す。


 大鎌の柄が鏡を穿つ。
破裂する金属音が轟き、鏡の破片が絨毯の上に散らばった。

鏡の裏に隠されているのは、それを支える素材――だと思っていた。


「よく、こんな愚考を思いつくものだね」
 復讐の為とはいえ、臆することなく自分と対峙した雪女を思い返して忌々しげに呟く。


 鏡の裏に隠れていたのは青白く光る氷の中で眠る少女だった。
外見は自分よりも3歳から5歳ほど年下だろう。弟と同じくらいだ。

自分とは違う艶やかな黒髪を緩さかに結い上げ、
薔薇色の唇は口付けを乞うようにして軽く開いている。

レースで編んだ雪の結晶を幾つもあしらった純白のドレスから
僅かな赤味を帯びる白い肌が覗く。

よく語られている御伽噺の「白雪姫」を彷彿させる風貌だ。


 ラーズは散乱している鏡の破片を拾い上げ、
特に鋭い部分を指先に押し当てて軽く滑らせる。

ぷくりと指先から紅い華が咲いた。


「――緋き刃は吼え、砕ける」
 虚空に向けて指を振るうと花びらのように深紅が舞う。
虚空に浮かぶ文字達が瞬きする間に掻き集まって姿を変える。
絨毯に四肢を着かせ、緋色の獣が姿を現す。




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