一次創作(オリジナル)小説


□ダークナイト 第3楽章
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   第3楽章 硝子の子守唄



 ラーズは漆黒の大鎌を一閃し、霧を晴らす。


「また……っ」
 雪女が震えた声を搾り出す。

 咄嗟に顔を庇った腕は斑模様に紅い蝶が踊っていた。
それを忌々しげに睨んでから、殺気を含めた鋭い眼差しをラーズに向ける。


「また、私の白を汚したわね……っ、道化!」
 憤怒を冷気に変えて突風を巻き起こす。

 冷風に触れた家具が次々と容赦なく氷づく中でラーズは静かに大鎌を構える。

冷気に触れた爪先や頬に氷が走り出し、一瞬の冷たさを残してすぐに感覚を奪っていく。
それでも尚、顔色を変えずに立つ。


 突き出した足を蹴り、更に一歩踏み出す。
中段に構えた黒き刃が雪女の腹部を向かって唸りを上げた。
雪女はその場で高々と跳躍すると、自分の真下を横切る大鎌に軽く爪先を着ける。
唇が軽く窄め、雪を降らす――直前。


「玄海の炎、逆巻く」

 奏でる言の葉。呼応して雪女の足場となっていた大鎌の刃が微かに揺らめいた。
不安定となった足場からすぐさま離れた彼女に続いて、
逆巻いた黒い炎が絨毯の上を走り出す。

雪女は慌てて片腕を振るい、凝縮された冷気を炎に激突させる。
互角の力は相殺され、白煙を撒き散らす。


 ラーズは迷う事無く白煙の中を走った。
微かに浮かび上がった影に向けて鎌を振り下ろす。

ガシャンッ、という破壊音が聞こえたが、肉を貫く手応えは無かった。


「甘いわ!」

 すぐ背後から勝ち誇った声が上がる。
視界の端で後ろに立つ雪女の姿が見えた。

冷気で固めた氷塊の先端を鋭く尖らせた物を片手に握り、高々と振り上げる。


「さようなら、私の王子様――!」

「ああ、そうだね」

 垂直に落ちる氷塊の刃をじっと見据えながら鎌の柄から手を放す。


 蒼い太刀筋を紙一重で避ける。
軽く頬を切ったのか、鋭い痛みが走った。



「え……っ?」

 ラーズは愕然と絶句する雪女の胸に手を突き出した。
鈍い音を立てて彼女の背中から真っ赤に染まった腕が生える。

その中で鋭く尖れた刃を指の数だけ揃えた爪だけが、
紅を弾いて自身の色を主張していた。


 肩にもたれかかるように体の力を失った雪女が、
吐き出した自分の血で白い衣服を赤く汚す。

その赤を忌々しく睨む。
そうして震えた手をラーズの頬に伸ばしてきた。


 ラーズは伸ばされた手を優しく握り返すと、
無を突き通した深い緋色の瞳を向けて応じる。


「カミサマと契約したところで、アナタは復讐を果たせない。
何度輪廻を巡ろうとも、幾度も同じ演奏の下で踊ろうとも……。
根本的に、僕に勝てる要素を一つも持っていないからだ」

 忌まわしい鬼の呪いが刻まれた身体に備わっているのは、
狂気や異能だけではない。

元々あるはずの自然治癒力は恐ろしい速度を持ち、
肉体に付けられた傷を瞬く間に癒してしまう。

それに打ち勝てるのは、強い想いを胸に抱く人間だけ。
その心に元から縁が無い存在には、到底届かない領域。



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