一次創作(オリジナル)小説


□ダークナイト 第2楽章
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 厚い絨毯に覆われた回廊を歩いていると、やがて王子の部屋に通ずる扉が見えた。
仰々しく聳える両開きの扉には護衛兵の姿が見当たらない。
即ち、王子が自分の身を護れるような有能であることを証明していた。

前言撤回。地べたを這いずらせた後で、更に四肢を踏みつけて嬲ってやろう。

そして、その身をもって教えてやる。


「自分がいかに矮小で惨めなのかを――ね」


 今、自分の顔を鏡で見てみたいと思う。
さぞ嗜虐心に満ちた素晴らしい表情になっているのだろう。


 扉の縁を飾る扉打ち用の鐘に手を伸ばす。
無造作に垂れた細い紐を軽く引っ張れば、丸い鐘の中で玲瓏たる音を奏でる。


「王子サマ、朝食を持って参りました。
お部屋に入っても宜しいでしょうか?」

 声帯を意識して高めの声を出し、入室の許可を伺う。
すぐに扉越しに、どうぞという声が掛かった。


 ドアノブに手を伸ばし、押し上げるようにして扉を開く。

微かに開いた隙間から東の空から昇る陽光が差し込む。
その眩さに思わず目を細める。


 探していた王子は、――テラスに立っていた。

生憎、後姿しか見えないが自分と同じくらいか、
それよりも小柄な体格を白一色で固めた衣服で覆っている。

日光に目を細めながら凝視していると、
王子は服越しからでも柔らかな体付きだというのが分かった。


 カラカラと台車を押して、テーブルの傍らに置く。

「今日の朝食は料理長が腕によりをかけたそうです」
 胸に手を当て、恭しく頭を下げる。

 王子がこちらを振り向いた瞬間にシャドルクを呼び出して一気に王子を屠る。
――そう考え、粗末な靴に覆われた足を軽く持ち上げる。

王子は振り向く素振りを見せないまま、おや、と不思議そうな声を上げた。
ラーズは踏み鳴らそうとしていた足をピタリと止め、訝しげに眉を顰める。


「初めて聞く声……新人さん、かな?」

 王子は日光浴を続けながら、そう問いかけて来る。

 視界の端で顔を見られないようにラーズは愛想の良い笑みを貼り付け、
長いスカートの裾を掴んでは軽く持ち上げながら頭を下げる。


「はい、今日入ったばかりです」

「そう……なら、名前を教えてくれるかい?」

「名前ですか?」

 胸中に生まれた小さな疑念が更に膨らむ。
――王子が使用人の名前を聞くとは、随分物好きな。


「恥ずかしがることは無いよ?」

(いや、別に恥ずかしがってる訳じゃないんだけどね……)

 まさか名前を聞かれるとは思わず、何か適当な女性的な前は無いかと思案する。
えーと、と首を捻るラーズの耳に、それとも、と続ける王子の声が届く。


「言いたくても言えないのかい?
――帝牙(テイガ) 玄影(ゲンエイ)くん?」


「――――……!」

 王子が口にした名前は決して知られていない名前。





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