一次創作(オリジナル)小説


□ダークナイト 序章
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   第0楽章 白雪の序曲



「ぅ、……うぅ……っ」

 遠くからすすり泣く声が聞こえてくる。
 一寸の光も無い暗闇の世界に落とされた彼は最初黙って、その泣き声を聞いていた。


「――まだ……なの……?」

 嗚咽の合間から零れる言葉には悲痛な想いが込められていた。
声の波長から察するに女の声だろう。


 更に言葉から考えれば長年待ち続けている人が未だ来ないといったところか。
そして人の夢に干渉にしたということは、彼女は恐らくこの世にいない存在。
――彼は闇の中で立ちながら恐怖心など微塵も無く、そんなことを考える。



「……随分と、僕もお人よしだね……」

 自嘲気味に笑って、泣き声が発せられる方角へと爪先を向ける。
視界全てを覆い隠す暗闇の世界で、彼は迷う事無く歩き続けた。


 暫く歩き続けていると、暗闇だった世界に淡い光を帯びた白が目に入る。
彼女はその場に蹲っていた。
無造作に垂れる純白の長い髪は雪を彷彿させる。

微かに髪の合間から覗く手も同じように色白で、
血の気が全くと言っていいほど無い。

聞くだけで胸が裂かんばかりの虚しい嗚咽は髪に隠され、
更に深く下げられた顔から聞こえていた。



「ねえ……アナタは、だれ……?」
 彼は問うた。

 すると今まで聴覚を打ち付けていた悲痛な啜り泣きがピタリと止まる。
一瞬にして静寂が訪れた最中で、白い髪が微かに揺れた。

「ああ……ぁああ……、あぁ……」

 呻き声のような、喚声のような、嘆息のような――あらゆる感情が複雑に入り混じった声を片耳に、
彼は平然と彼女を見据える。

自分が声を掛けた事で明らかに場の空気が変わったのを察したからだ。
生憎と彼は一般人を陥れるような陳腐な恐怖には屈しない。



「ようやく……来てくれたのね……」

 言うが早いか、彼女はガッと彼の足を掴んだ。

驚いた彼が反射的に身構えるも構わずに、
彼女は長い髪の間から見せる唇に妖艶たる笑みを刻んだ。


「私の、可愛い可愛い――王子様」
 掴んだ彼の足にそっと口付ける。


「―――――!」
 ぞぉっと、一瞬にして彼の背筋が凍りついた。


 ありえない、と胸中で愚痴を吐く。

 微かに足に触れた柔らかな感触は人ならではの口唇であることは理解しているが、
あまりにも冷たすぎた。

極度の冷え性でも彼女自身の生死を疑いたくなる冷たさだ。



「くっ……!」

 滅多に浮かべない苦渋の表情を浮かべて、
掴まれていない足を軽く浮かせる。

そして自分の足を掴む彼女の手に向けて蹴り上げ――、
意識が一気に浮上する。





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