一次創作(オリジナル)小説
□ダークナイト 第1楽章
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第1楽章 幻影の夜想曲
「――で?」
差し出されたカップの中で泳ぐココアを一口飲んでから彼は問うた。
底なしの闇を切り取ったような髪を右肩から流し、
長い睫毛が縁取る瞼の裏には黒曜石のような双眸が見え隠れする。
彼らが匿った姫に比べて数歳ほど年上に見える。
そして姫と同じく端麗に整った顔立ちを持つ。
そんな人間の青年を昨日、異世界から呼び出した。
彼の問いに答えたのは、彼にココアを差し出した白ウサギ≠セった。
「実は私どもが匿っていた姫様が、
この国の悪い王子様に連れ去られてしまったんです……!」
「…………………」
青年はカップを中途半端に持ち上げたまま、
呆気を含んだ視線を白ウサギに向けた。
「……は……?」
数泊の間をあけて彼の口から零れたのは疑問の言葉だった。
白ウサギは胸に木製の盆を抱きしめ、キリッと赤い目を吊り上げる。
「姫様です! エルジュノエル姫様!」
小さな口を大きく開けて怒号を上げる白ウサギ。
持っている盆を凶器にしかねない彼女の剣幕に青年以外は驚いたが、
2人が慌てて白ウサギを宥めに入る。
コホン、と小さく咳払いをして青年の視線を白ウサギから外させる。
彼と向き合うようにテーブルの中央に座った亀≠ヘ、
ちょこんと小さな足を畳むと深々と頭を下げた。
「白ウサギが失礼を致しました」
チラッと白ウサギを見れば、彼女はヤギと羊によって宥められ、
昂ぶっていた気持ちを必死に落ち着こうとする。
「はい、吸って吸って吐いて〜」
「ひーひーふーって」
「ひー、ひー、ふー……」
ヤギと羊の言葉を鵜呑みして白ウサギは深呼吸ではなく、
空気を吸って吸って吐く。
(そりゃ、出産時の呼吸の仕方だろうが……)
羊は天然な性格に対し、ヤギは確信犯だ。
感情が荒々しくなっている状況の白ウサギが否定しないことをいい事に、
良い様に遊んでいる。
亀はもう一度小さく咳払いをした。
「気分が害していなければ宜しいですが……」
伺うように頭を上げて青年を見上げる。
彼は深い闇を映す双眸に柔和な笑みを浮かべて笑った。
「私は大丈夫だよ」
そう言って再びカップに口を付ける。
「それで、そのエルジュノエルと言ったかな?
そのオヒメサマはどうして悪い悪い王子様に捕まったの?」
「姫は元々『姫』でありながら、『姫』では無かったのです」