6学園テキスト

□6 犬とひだまりとはじまりの一歩
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陽射しが心地良い、ある日の平和な昼下がり。
ぼくとネズミと沙布は、三人仲良く学食のテーブルを囲んでいた。
花々の開花を促すかのような柔らかな陽光。
この時期限定の穏やかな温みが、朝からゆっくりと空気を暖めていた。
昼休みを待って、中庭やグラウンドに飛び出して行った生徒。
春の優しい恩恵を少しでも賜ろうと、手に弁当包みを持って出て行く生徒も大勢見られる。
そのため、いつもは満員御礼な学食が今日はそう混んではいなかった。
広いラウンジに、点々と生徒がいる程度。
ほとんどの席があいているのをいいことに、ぼくたちは窓際の特等席を陣取っていた。


本来は二人掛けのテーブルセット。
そこにネズミが一脚椅子を足して、なんとか三人座れるようにしてくれた。
……なぜ三人掛けのテーブルにしなかったのか。
それは、沙布がこの席がいいと言ったから。
緑の芽吹く中庭を一望できる、普段なら真っ先に取られてしまう席が空いていたから。
晴れて気持ちが良く、かつ生徒の少ない今日はこの席がよかったんだろう。
沙布のことだから、二人掛けか三人掛けかなんて特に気にしなかったんだろうな。
まぁ、ネズミが椅子を持ってきてくれて事足りたけれど。


テーブルの上にはトレイに乗せた学食のランチ、沙布が貰ってきてくれたミルクバターパン、三つの携帯電話、それらが無理矢理乗せられている。
携帯電話は無造作に投げられ、学食のトレイなんて半分に近い面積が宙に浮く状態で、支えていないとひっくり返ってきそうなくらいだ。
完全に、テーブルの許容オーバー。
何の気なしにそのテーブルの惨事を見やり、苦笑する。
苦笑。
表情ではそういった類の笑みを浮かべているだろう。でも、心の中では、楽しくて、仕方がないんだ。
単純な、意識せずに自然と零れ落ちる笑み。
だってこのテーブル、ぼくの今の状態みたいなんだもの。
許容を遥かに超える量の気持ちを抱える、ぼくの心。
それは決して、不快だとか量を減らしてほしいとかいう後ろ向きな想いではなくて。
なんていうか、今まで生きてきた中でここまでの量の想いを抱えたことはないから、驚いているんだろうと、そう思う。
おまけにその想いのひとつひとつが、暖かい、楽しい、面白い、明るい気持ちなものだから。


沙布と過ごした中学時代に、こういった気持ちを味わったことがないとは言わない。
それなりに笑っていたし、それなりに楽しかった。
けれど、きみが増えたらもっと楽しくなった。沈んだことを考える暇なんて無いくらい、楽しくなった。
今は毎日、深く考える暇すら与えてもらえない。
沙布と、きみの声がするおかげで。




ネズミがこの学園に編入してきて一週間。ぼくの周りは、前よりずっと賑やかになった。
ネズミは沙布とすっかり打ち解けて、顔を合わせては楽しそうに話し込んでいる。
最初はぎくしゃくしたらどうしようと緊張の一つもしたけれど、そんな心配はいらなかったみたいだ。
二人とも、いつも会話の内容に事欠かないくらいにお喋りしている。正直、少し妬けちゃう程に。
なんて、そんなワガママが言えるくらい平和な日々が続いているんだ。


二人の楽しそうな会話。


「あんた。初日に家電がしこたま届いたらしいけど、どういうつもりよ。夜に寮内で紫苑に会うことがめっきり減ったじゃないの」


明るい笑い声。


「はははは。“全部計算してのことなんでしょ”とか言いたいの? 別に、単に今までの生活スタイルに合わせたに過ぎない。大体ぼく、計算苦手だし? くすっ」


大切な二人の友人の声を耳にしながら、ネズミに借りた本を読み、暖かく降り注ぐ陽射しの中で昼食を取る。


「……紫苑くん、よくあんな中で読書できるよね」
「それだけ熱中してるんじゃねぇ?」
「敢えて聞き流してたりして?」
「それもすごい……」
「ま。沙布様のお声なら大歓迎だけどっ」
「同じく。ネズミ様の美声なら、いくらでも聞いていてぇ……!」


ああ、なんて幸せで平和な時間なんだろう。


「ドブネズミ」
「猫かぶり」


「一週間前から、ほぼ毎日あれを繰り返されちゃ」
「たまらないな……俺なら“静かにしろ”の一言も漏らしてる」
「……確かに」


この平和な日々が、ずっと続きますように。





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