6学園テキスト

□2 遠回りの巡り道
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十二年生きてきて、ここまで回覧板を憎んだことはない。
いや、これからもそうそうないだろう。回覧板に、憎悪なんて。
こんな想いをするのなら、回したふりをしてきみの傍にいればよかった。
あんな「町内クリーン作戦」のお知らせなんて下らない紙を挟んだバインダーなんて、いっそ車にでもなんでも轢かれて粉々になればよかったんだ。
……いや、クリーン作戦は悪くないな。町内が綺麗になるのはとてもいいことだ。
しかしそれを認めたら、回覧板も悪くないことになってしまう。


そもそも、誰も、何も悪くなんてないんだ。
一瞬出掛けたぼくも、強く引き止めなかった母さんも、中々出てこなかった隣人のおばさんも、消えたきみも。
でも何かのせいにしなければ、悔しくて悔しくてたまらなかったんだ。
だから幼かったぼくは、回覧板のせいにした。


回覧板を回しに行ったほんの五分の間に、ネズミと名乗った少年はぼくの前から姿を消した。











「どうして引き止めてくれなかったんだよ、母さん!」
「だって、用事があるからって言うんだもの。母さんだって、ちょうどチェリーケーキも焼けたし食べていかない? って誘ったわよ」


家に戻るときみはいなかった。靴がなくなっていたからすぐに気付いた。
母さんに聞くと、ぼくが出てすぐに彼も帰ると言って出たらしい。


「お友達なんでしょ? だったらまた会えるじゃない」


また会える保証なんてない。ぼくは、彼について名前しか知らない。
制服は学ランだったけど、そんな学校星の数ほどある。


「それにしても、綺麗な男の子だったわね。母さんどきどきしちゃった。また今度、家に招待しなさいね」


変に浮かれた母さんの言葉は、もうぼくの耳には届いていない。


「でも……滅多にお友達を呼ばない紫苑が、そこまで引き止めてたがるなんてね」




不思議だった。出会って間もないきみが、なぜここまで気になるのか。
出会い方も最悪で、最初の会話から喧嘩腰。そのあともやけに突っ掛かって皮肉ばかり漏らしてきて。
お坊ちゃんとか、利用されるとか、人を小馬鹿にしたような発言ばかりで。
でも、綺麗な瞳をしていた。見たこともない、灰色の瞳。威圧的で魅力的で、見る者すべてを引き付ける。
そしてその瞳の中に、孤独を垣間見た気がしたんだ。
この世をたった一人で生きてきたかのような。誰も必要としていないような。
今までも、これからも。


自分で言うのもなんだけど、ぼくには友達と呼べる級友はほとんどいない。数を数えても片手で足りるくらいだ。
人付き合いは苦手だったし、誰かに調子を合わせるのも、誰かに顔色を伺われるのも嫌だった。
幼いながらも冷めていたぼくが、初めて他人に執着した。きみに魅せられた。きみのことが頭から離れない。
また、きみに逢いたい。美しいネズミ。きみに。




ぼくはそれからずっと待った。待つ以外に方法はなかった。
ぼくはきみのことを知らないけれど、きみはぼくの家を知っている。きみも会いたいと望んでくれるなら、いつか現れてくれるかもしれない。
そんな淡い希望を胸に、ぼくは待ち続けた。
いつも。いつまでも。
しかし、待てど待てどきみは現れてはくれなかった。これほど、逢いたいと焦がれているのに。
学校でも家にいてもきみのことを考えた。登下校中でも休日の街中でも、きみの姿を探していた。
ただ思うのは、逢いたいということ。もう一度、きみと話がしたい。




待ち続けている間にも時は過ぎ。きみに出会ってから四年という月日がたっていた。
ぼくは、高校二年生になった。


高校生になった今、ネズミに逢いたいという希望はまだ胸に残っていたが、もう漠然とした想いになりつつあった。
けれどたとえ街角ですれ違ったとしたら、ぼくはきみを見つけ出す。そんな根拠のない自信はあった。
でも、土地は狭いが人は多いこの国だ。きみが逢いたいと望まないのなら、二度と逢えないかもしれない。
四年という歳月は未熟なぼくには長すぎて。
今では諦めの気持ちすら芽生えるようになっていた。







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