6学園テキスト

□7 ぽかり浮かんで締めるもの
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きみと暮らしてみて、発見したことがある。
例えば、きみは綺麗好き。例えば、きみは料理上手。例えば、きみは朝に弱い。例えば、きみはくっつきたがり。例えば、きみは。ぼくのことが大好き。
そしてぼくも。きみと暮らして初めて知ったことがある。
例えば、ぼくは未熟者。例えば、ぼくには取り柄がない。例えば、ぼくは無趣味である。例えば、ぼくは誰かを欲していた。例えば、ぼくには。依存癖が、ある。


「ネズミ。ネズミ。起きて。起きないと、遅刻する」
「ん……。もう、朝か。おはよう、紫苑」
「おはよう。ちょっと寝坊だぞ。急いで朝ご飯を平らげないと。まぁぼくも今起きたばかりだから、人のことは言えないけど」
「よし、じゃあ起きるか。紫苑、手を引いてくれ」
「ええ、どうして? 一人でさっさと起き上がれよ」
「あ、ひどい。体温の高い紫苑に温めてもらおうと思ったのに」
「寒いなら、最初からベッドで眠りなよ」
「だっておれ、ベッド持ってないもん。紫苑のに、もぐりこませてくれる? 今夜から、一緒に眠ろうか」
「……ばか」


自分でもなにもないと思える部屋に、毎朝あるのは二つの鼓動。目が覚めて鏡で自分の顔を眺めるよりも先に、毎朝見るのはきみの顔。
最初は気恥ずかしかったのに、いつの間にか慣れていた。今では、朝一番に顔を合わせないと気が済まないくらいに。
ネズミは初日以来毎日、ぼくの部屋で寝起きしていた。
とはいっても、一つのベッドで眠るわけではない。部屋の主のぼくに遠慮しているのか、壁にもたれたままいつも片膝を立てた姿勢で眠っている。
それじゃ休まらないだろう、横になって寝たら? と言っても、ネズミはぼくの部屋を出ることもなく、かといってそこに横になることもなかった。
先日送られてきた大量の荷物の中に、なぜか寝具は一切なかった。あれ程大きなテレビや冷蔵庫を買えるのだから、寝具だってもちろん買えたのだろうに。
どうして買わなかったんだろうと不思議に思いながらも、きみが部屋に来てくれるのが嬉しくて問わなかった。


一緒に生活することになって早二週間。ぼくたちは飽きることなく、毎晩毎晩夜遅くまで話をした。
それは他愛のない、学校生活の話。今日の授業がどうだったとか、あの先生はどうだとか、食堂のメニューがどうだとか。
毎日、同じような話を、飽きることなく。飽きるどころか、語り部のようなネズミの話に、ぼくは毎晩夢中になっていた。
この部屋に自分以外の存在――ネズミが居座るようになってから、ぼくには自分でも変わったなぁと思うところができた。
それは、その存在に頼りっきりになったということ。
ご飯を食べる時も、テレビを見る時も、いつもネズミが隣にいてくれなくちゃ嫌だ。
今まで一人で寝起きして会話のない食事を済ませ、一言も発しないまま登校する、そんな風景が日常だったから、それまでの空白を取り戻すかのように欲した。
些細なことでも訊ねられ、下らない会話にも笑いあえる友達。入寮してからというもの、ぼくが一心に求めていた存在だった。
おまけに待ちに待った同居人が、会いたいとこいねがっていた人物だったのだから、それはもう頼りっきりになったって仕方ないだろう。
頼る、執着する、拘泥する……日増しにだんだんぼくはネズミに依存していった。自分でも歯止めがきかなくなる程に。
自分がこんなにも人を欲していたこと、その存在を手にしてみて初めて知った。
そして他人に依存してしまうことが、いいことばかりではないということも、初めて知ることになる。






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