お題テキスト

□脱殻
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『ぬ』


柔らかく、頬を撫でられたかのように。
夜中、ふと目が覚めた。




火の気のない地下室は冷え切って、自分の熱すら頼りない。
知らない部屋ではないはずなのに、明かりを灯さないと心配でベッドすら下りられない。
ここまで光源のない闇は、ここに来てから初めて知った。
あそこでは、いつも人工的な明かりが瞬いていたから。





闇には、まだ慣れない。
闇は、怖い。





情けなくて 寂しくて 恋しくて。
ぼくはぼく以外の熱に縋ろうと、手を伸ばした。

狭いベッドの中、きみのいるべき空間に。




けれど、そこにきみはいなかった。

何も掴めず、伸ばした指先は虚をかすめた。
そこに感じるのは、かすかな熱。
きみのいた証。


不自然に膨らんだ布団と、きみの香り、そして、消え失せそうな温もり。




「ネズミ…?」






恥ずかしくなる程頼りない声で、居るかも知れないきみを呼ぶ。


果てしない漆黒の中から、返事はなかった。





真っ暗な空間は、だめだ。

答えの出ない想いに囚われるから。




…いつか、こんな風にきみに置いていかれる時がくるんだろうか、とか。

そんなことを考えてしまう。



きみのことだから、痕跡を残さず霧のように消えるんだろう。
ぼくが辿り追うのを拒むように、跡形もなく消すんだろう。



歩む道のり、どう転ぶかなんてわからないけれど。


できれば、消えないでほしい。
願わくば、待っていてほしい。



――叶うなら、どうかぼくも。
連れて行ってほしい。


きみの見据える未来に。







次に目が覚めたら。

隣にはきみがいますように。
いつものあの魅せる声で、「おはよう」と微笑んでくれますように。



一人ぼっちの真っ暗闇で、昇華してしまいそうな香りを抱いた。







―――

脱殻〔ぬけがら〕

中身のなくなったあとのもの。

人がうつろな状態であること。


―――


09.01.29





 

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