お題テキスト

□『A』 Adonis
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『Adonis』


ぼくがきみを口に含む時。
きみは必ずぼくの頭を、優しく撫でてくれる。
ずっと、ずっと。
最初から、口を離すまで。


自分でいうのもなんだけど、ぼくは口での行為が苦手だし、あまりうまくないと思う。
それはもう、自分でわかりきって認めていること。
きみは今まで一度だって、ぼくの口内で達したことがない。
いつも、上り詰めるのはぼくばかり。
ぼくが下手なのを十二分に理解していながら、尚もきみは口淫をねだってくる。
懲りることなく、今夜も。




行為の最中。
俯いている為、きみの表情はわからない。
少しでも、感じてくれているんだろうか。
きみのポーカーフェイスと同じで、口の中で性急な変化はいつもみられない。
それは、今日も同じ。


なんとなく、魔がさして。
途中でぼくはきみに問い掛けた。
終わってからでもよかったのだけれど、今、聞きたくなったから。


「え、えうい」
「なに、呼んだ?」


髪を指に絡めるように弄びながら、きみは返事をする。
口にきみを含んだままでうまく言葉にならなかったというのに、よく名前を呼んだって気付いたな。

自分でも虚しいと思わざるを得ない質問。
情けないけど、気になることだから、聞いてみたい。

身体を起こしたぼくと目線の高さを合わせる為に、きみは屈み込む。
優しく髪を梳いていた手を滑らせ、唾液の流れたぼくの口元を親指で拭ってくれる。

前にきみが、悪戯心でぼくを口に含んだまま喋った時。
突然の柔らかい感触に、どうしようもなく感じてしまったのだけれど。
同じことをしたけど、きみにはたいした効果はなかったらしい。
顔色ひとつ変えないところを見ると、同じことをしてもぼくではうまくできないか。


「なに、どうしたの」


少し汗を滲ませて微笑むきみは、官能の度が過ぎる程に艶っぽい。
しかし、汗をかこうが頬を紅潮させようが、表情は涼しいままだ。

今まで、きみが焦ったところなんてはっきりまじまじ見たことがない。
そりゃ絶頂に近ければ、余裕のないきみを見られるだろう。
けれどその時は、ぼくも訳がわからないほど高ぶっているから。
まともな思考なんて働かない。
きみのことを見て、感じてくれているんだな、なんて優越感に浸る間もない。

ぼくは溜まった唾液を飲み下して一息ついてから、話す。





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