お題テキスト

□砂時計
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『す』


正直に、白状した。


「なあイヴ。馬鹿にされるのはわかってるんだが、敢えて言わせてもらう。おれは、おまえを抱きたい」


どうしようもなく切迫していた。
もう、他の女では事足りなくなっていた。
物足りないんだ。
男を抱いたことはない。
むしろ興味すらわかなかった。
分厚い胸板に目に見える喉仏、下肢に同じモノを持つ同性。
正直金を詰まれても身体の関係を築くなんて、真っ平だった、のに。

おれは、イヴに出会った。出会って、しまった。
それはもう、どうしようもなくおれの身体と心を揺さぶるから。
考えないように考えないようにと過ごしてきたが、やはりおれも男だった。
しかも、どうしようもない大人だから。
心が、欲しくなった。
身体が、欲しくなった。
いっそ抱いてしまえたら。


おまえの答えはなんとなく察しがついていた。
「気色悪い」と罵るだろうか。
「女だけじゃ満足できなくなったわけ」と呆れるだろうか。
もう、ここには来なくなるだろうか。
だが、おれの心配を裏切って、意に反しておまえは、笑った。
眉根を寄せ、目を細め、唇を歪ませて、試すような顔で、笑った。

恋は盲目―なんて、よく言ったもんだな。
笑顔なんて見せられた日にゃ、お前。
純粋な笑顔ではないのに、年甲斐もなく鼓動が速まる自分。
もう、隠そうという気もしなかった。


その笑みを顔に貼り付けたまま、イヴは棚の上に飾っていたアンティークの砂時計を手に取った。


「この砂時計の砂が落ち切る三分の間に、おれをその気にさせてみろよ」


試している。
おれに身体を委ねる価値があるのかどうかを。
試されている。
おれの心と技量を。


「おっさん今まで相当遊んできてるだろうけど」


おれの返事を聞かずに、イヴは砂時計を光に透かし見るように掲げる。


「おれだって。負けてないんだぜ」


コトン。
音を立てて逆さに置かれた砂時計。
金色の砂がさらさらと流れ出す。
それを認識するが早いか、動くのが先か。
おれはイヴに覆いかぶさった。







下肢に纏う衣類を乱暴に剥ぎ取り、おれは早急にイヴの足間に顔を埋める。
強引に取らせた体勢にも、口に含んだ暴挙にも。
イヴは何も咎めてこない。
おまえもその気なのか?
それとも無心に見定めているとでもいうのか?

そんな疑問も、動きを早めるうちに解決してきた。

なんだ。ただの虚勢と、痩せ我慢だ。
軽く甘噛みすれば吐息に上擦った声が混じり、
きつく吸い上げれば素直に身体を震わせる。
大丈夫、三分なんて楽勝だ。
哀しいかな若さ故の素直な反応。

けれど、突然制止の声がかかった。


「残念だったな、おっさん。見ろよ、砂は落ち切った。おれの、勝ちだ」


濡れた瞳で、蒸気した頬で、そそり立つ高ぶりで、何が勝ちだ。


「おまえ、そこまできたら止められんだろう。おれの負けでいいから、そのまま横になってろ」


そう言い包めて再び口に含もうとした、ところで、突然白く長い左足で右肩を思い切り蹴り上げられた。
痛みと反動でそのまま背中から倒れ込む。
色々な痛みで、声が出ない。

コトン。
頭上で音がした。
三分前に聞いた、砂時計がひっくり返される音。
そして、感じる。肩に、重みを。


「約束は三分の間だけだ。次はおれが、おっさんをその気にさせる番。今更、待ったはなしだぜ。準備は、いいな」


蹴られた肩も打ち付けた背中も、一瞬で痛みを忘れた。
イヴが、目の前、おれの身体の上にのしかかり、妖艶な仕草で舌なめずりをしたから。

ああ、それだけでもう、いっちまうよ。




――――

砂時計〔すなどけい〕

中央部が8の字形にくびれたガラス容器に砂を入れ、下のふくらみに少しずつ落ちる砂の量で時間を測る装置。



――――


08.06.08





 

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