お題テキスト

□味見
1ページ/1ページ


『あ』


「紫苑。なぞなぞ」


ある夜のこと。
ただいまのキスをせがんだあと、きみはにやりと笑ってそう言った。


「なぞなぞ? 何?」


軽く互いに唇を啄んだ後、ぼくを抱いた手を中々ほどこうとしない。
なんだろう。


「ヒント1。星」
「星? ……宇宙?」
「ブー」


ぼくが外したのを喜ぶように、きみは声を弾ませる。


「ヒント2。鮮やか」
「流れ星」
「違う」


流れ星は鮮やかではないか。
星、鮮やかときて、なんだろう。


「ヒント3。甘い」
「食べ物なのか? 飴玉?」
「おしい。紫苑みたいな頭の硬い奴に、なぞなぞは向かないな」


悪かったな、きみみたいに柔軟な頭じゃなくて。
ぼくはきみの肩に巻かれている超繊維布に顔を押し付けた。

むくれたぼくに気付いて、きみは腰に回した手の輪を狭めてきた。
目を逸らすこともできないような至近距離で、宥めるような響きを込めて囁いた。


「まったく、素直な御方ですこと。一々反応して、怒るなって。ほら、これあげるから」


どこから取り出したのか、いつの間にかきみの右手には布の包み。
口を捩って中身がもれないようにし、更にリボンで結んである。
目の前に差し出され、ぼくはそれを両手で受け取った。
布越しに伝わる、ざらざらした感触。
顔を見上げたら、「開けろ」と言うかのように目配せをされた。
ぼくはリボンの端を持ち、その包みを開いていく。

まず見えたのは、ピンク色。
包みの口を大きく開いたら、他にも色とりどりの星が、顔を見せた。
緑、黄色、青、白、紫、オレンジ。
丸くてころころしていて、角ばっている。


「これ、こんぺいとう?」
「そう。なぞなぞの答えは、こんぺいとうでした」


ぼくにこれを渡したことで満足したのか、きみは抱きしめていた手を離した。


「こんぺいとうって、そんなお菓子、ここでは手に入らないだろう。どうやって手に入れたんだ」


肩に巻き付けていた超繊維布をほどきながら、きみは答える。


「支配人にもらった。ファンからの、差し入れだとさ。ったく、こんなもんおれにくれて、どうしろっていうんだ。よこすならもっと腹の膨れるもんにしてほしい」
「ネズミ、食べないのか?」
「こんぺいとうって砂糖だろ。そういうのはパス。甘いのやだ。ファンからは、気持ちだけ受け取った」


せっかくファンの人がくれたのに。
舞台のイヴはどうなのか知らないけど、素に戻ったネズミはすごくわがままだ。


「じゃあ申し訳ないけど、ぼくがもらってもいいか?」
「あんたが食わなきゃ誰が食う。ハムレットか。犬か」
「イヌカシは選択肢に入ってないのか?」
「ふん」


ぼくの問い掛けは鼻で笑われた。


「奴に食わす義理はねぇ」


負けじとぼくもくすりと笑う。


「イヌカシにはなくても、犬にはあるんだ」
「うるさい黙れ。大人しく有り難がって食ってろ」


言われた通り、大人しく黙って食べることにする。
一つ星を摘んで口に入れると、角ばった感触と甘さが舌に伝わってきた。
噛まずに、そのまま舌の上で転がして溶かす。


「甘い。なんか、懐かしいな。子供の頃よく食べたけど。でも、ちょっとないてる。べとべとだ」


よく見ると、ころころとした形を保っているものもあれば、多少形の崩れているものもある。
包んだ布にくっついているものも。
ぼくのその言葉に、きみは胡散臭そうな顔をした。


「泣く? 砂糖菓子が泣くのか? しくしく?
 紫苑、久々なもん食って頭おかしくなったんじゃないの」


平然と言ってのけるきみに、まるでぼくが間違ったことを言ったような錯覚に陥る。


「失礼な。飴とか砂糖菓子が溶けることを
、なくっていうの」
「ふーん。そんな高級菓子、食べることあんまりないし、誰も教えてくれなかったし。知らなかった。……でもたまには甘いものもいいかもな」


そう言いながら、きみはぼくの顎に触れるとくいっと上を向かせた。


「なに、ちょっと、ネズミ」


逃れずにいたら、ぺろりと唇を舐められた。
くすぐったくて、恥ずかしくて、驚いて、とっさに反応できずにいると、それをどう解釈したのかネズミは角度を変えてキスしてきた。


「……っ」


ぼくは舌の先でこんぺいとうを弄んだまま。
慌ててかみ砕こうとしたけど間に合わない。
きみに舌先でこんぺいとうを拾い上げられ、そのままどちらの口に収まるでもなく転がされ続ける。


「ふ、ん……ん」


こんぺいとうを追うように深く深くくちづけられ、ぼくはそのまま身動きが取れない。
長い長いくちづけは、二人の口内でこんぺいとうが溶け消えるまで終わらなかった。


「……はぁ」
「ほんとだ、あま。おれ、今のだけで充分」


事もなげに飄々として口の周りを拭うネズミ。
こんぺいとうをくれたのは嬉しいけど、こんなことされる為に食べたんじゃない。

なんだかムカムカしてきた。


「そう言わずに、大切なファンからの差し入れなんだ。全部、食べたら!」


憤怒と羞恥が混ざり合い、なんともいえず悔しい気持ちになって、ぼくはネズミの口をこじ開け、残っていたこんぺいとう全てをざらざらと含ませてやった。




―――

味見〔あじみ〕

飲食物の味加減を調べること。


――――


08.06.08





 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ