お題テキスト

□徒然
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『つ』


「つれづれなるまゝに、日暮らし、硯にむかひて、心にうつりゆくよしなし事を、そこはかとなく書きつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ」


寝転んだまま、突然きみが言った。
聞いた事がない言葉回し。
古代の文献だろうか?
もう一度聞き取る為、ぼくは読んでいた本を閉じ、きみの元へ向かう。


「ネズミ、なんだそれ」
「偉大なる吉田先生の徒然草。聞いたことない? 暇で暇で仕方なくて、発情した気持ちを抑えられずに、硯をなんとなく見つめて無心に文字を書き殴っていたら、どうしようもなく変な気持ちになっちまった、ってやつ」
「初めて聞いた。昔の書物なのか? 古文の耳辺りはいいけど、いまいち何を言いたいのかよくわからない」
「まあ、ね。でも、古人はよく言ったもんだよな。まさに、おれの今の状態」
「は?」


なんだろう、意味がわからない。
吉田さんの言い分の解釈もできていないのに。
ネズミは何が言いたいんだ。
ぼくの『心底わからない』という顔を見て、嘆息しながらネズミは、なぜかぼくの腰に手を回した。


「だから」
「わっ」


その手を強く引っ張り、ぼくをベッドに力任せに引きずり込んだ。
ベッドのスプリングが、抗議するかのように軋む。
ただでさえ壊れてるのに、今のでまたスプリングがいかれたかもしれないな。


「何、ネズミ」
「ひーま。なーんかゴロゴロしてたら、急にきちゃって」
「きたって、何が」
「ムラムラ。欲情しちゃいました」
「むっ、よ」


しまった、これは罠だったんだ。
吉田さんの文章を朗読した時点で。
そうとも知らず、ぼくはそれにまんまと引っ掛かった。
ベッドの上で、捕われるなんて。
逃げ出そうと両手に力を入れたけれど、今更遅かった。
仰向けに押さえこまれ、身動きがとれない。


「ねーえ、紫苑。しようよ」
「やっ、やだ、しない」
「なーんで。今日は仕事も休みだし、いいだろ」
「そう言って、この前の休みも好き放題やっただろ」
「そうだっけ?」
「とぼけるな」
「まあいいじゃん。若いんだし、性欲は有り余ってます。それとも何、紫苑今生理だっけ」


な、なんってこと言うんだこの男は。


「馬鹿。なわけあるか」
「じゃ、いいよね。子作り、しますか」


くすりと笑ってから舌なめずり。
まずい。非常にまずい。


「よ、よくない、なんにもよくない」
「じゃあ危険日? それなら気にしないでいい。子供ができたら、おれが養ってやる。お前に似た、可愛い子供だろうなあ」
「ぼっ、ぼくは孕めない!」




故、吉田さん。
あなたの文章はそれはそれは素晴らしいものなのかもしれない。
けれど、ひとたび捩くれ者の手に渡れば、こんな風に悪用されかねない。
もちろん、吉田さんのせいではないのだけれど。
むしろ吉田さん、ネズミが腐った思考で引用してしまってごめんなさい。


まったく。
盛ったネズミは止められない。




――――

徒然〔つれづれ〕

することがなくて退屈なこと。


――――


08.06.01





 

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