お題テキスト

□傀儡
1ページ/1ページ


『く』


この世界に巣くう病原体。
地から空から光や輝きを喰らい尽くした後、残るのは無残に朽ち果て枯れた大地だけ。
その栄光の歴史の中で、どれほどの命が尊ばれ、奉られ、生まれ、幸せを噛み締めて天寿を全うしたのか。
その好き勝手荒らした歴史の中で、
どれだけの命が軽んじられ、憎み合い、飢え、踏みにじられこの世を去ったのか。
あんたたちは知らない。
知ろうとしない。
なぜなら、過去を振り返る余裕なんて与えられず、毎日が人工的な明かりに包まれているから。


おれたちは忘れない。忘れられない。
静かだった草原に響き渡る銃撃、耳にこびりついて未だ消えない人々の叫び、悪夢にうなされ目覚める朝、肉を焦がす熱の熱さ。
原始的なランプを使い、一度燈した火を大切に移し続ける生活。
一つの命が愛され生まれてくる同刻、一体いくつの命が虐げられ看取られることなく失われると思う?


もう、許せないとか復讐してやるとか、生易しい決意など芽生えてこない。
名も知らぬ者が絶える度にいちいち憤怒していたら、感情がおかしくなっちまう。
だからもう、おれは壊れたように、病原体の都市の滅亡しか望まない。
それを成し遂げた後に何が残るか。
そんなもん、知ったことかよ。


そんな中でおれは、最強の武器を手に入れた。
こいつは利用しない手はない。
あの都市をぶち壊せるなら、おれはなんにだって手を出すさ。


あんたの中に侵入して、おれから離れられないよう種を蒔く。
洗脳、刷り込み、信頼。
呼び方は色々あるけれど、どれも違って全て正しい。
利害は一致しないが、あんたは十二分におれを守る盾になる。
一瞬でも隙をつければ、それだけでいい。
所詮は病原体で生を受けた人間だ。
考え方も根本的に違う。
だから、情なんて移さない。
切り離すべき時がきたら、後腐れなく別れられるように。
おれは傀儡を操るように、あんたを利用してみせるさ。




なんて、口で言うのは簡単だが。
おれは、断ち切れるのか?
我が身を望んで差し出すような、盾にもならない紫苑を。
無垢すぎて、盾にすることも躊躇してしまいそうになる。
でもそれではやられてしまうから。
だから、やるしかない。
うまく舞わせて操って、あの都市にとどめを。
所詮おれとあんたは、傀儡と傀儡師。




――――

傀儡〔くぐつ〕

歌などに合わせて舞わす操り人形。


――――


08.05.23





 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ