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□『Y』 yet
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『Y』




夕刻。
イヌカシの部屋まで情報を買いに行った。
イヌカシの奴、黙って言われたことだけ答えればいいものを。
今回は余計なことをベラベラベラベラと喋っていた。
珍しい。というか不快だ。
クライアントの身の上をごちゃごちゃ聞き出すもんじゃない。
今度、じっくり灸を据えてやらないといけないな。









イヌカシは、ベッドに両足を広げて腰掛けている。
対しておれは、イヌカシから少し距離を置いた所で壁に寄り掛かり話を聞いていた。
一通り欲しい情報を得、そろそろ戻ろうかとした頃。
その広げた足の間に両手を支えになるように置き、前のめりになって、イヌカシは話題を変えた。


「なぁネズミ。おまえさん、紫苑と同室だったよな」
「ああ」
「一人だった紫苑に、わざわざおまえさんの方からルームメイトの申請をしたんだったな」
「まぁ、そうだな」
「二年目に突然編入してきたのも、実のところ紫苑がここにいたからなんだろう? おれはそう踏んでるんだが」
「ふぅん」
「実家を出て入寮していて、その寮ではルームメイトも友達もいない。こりゃ近付くには絶好の機会だよなぁ」
「何が言いたい」


おれは無意識に身構えた。
やけに探りを入れてくる。その態度が気に入らない。


「余計な詮索はあまりしない方がいい。度を越すと命取りになるぞ」


殺気立った気配を感じたのか、イヌカシの横で丸くなっていた犬が顔を上げた。


「ご忠告どうも。だがな、今おれが聞こうとしてることは、誰かに頼まれたからじゃない。おれ個人の興味からのもんだ。確かに、『ネズミ様のことを教えて』『イヴ様のことが知りたい』等々、ネズミ様ネズミ様イヴ様イヴ様……おまえさんに関することを買いに来るクライアントは大勢いるがなー腹が立つことに。みんな、おまえさんの何をそこまで気に入ってるんだろうな。こんなに皮肉屋で、裏表の激しい独占欲の塊が服を着て歩いているような奴なのに」
「こちらこそ、お褒めの言葉をどうも。余計なことは漏らしてないだろうな」
「おいおい、おれを侮ってもらっちゃ困る。おまえさんは、おれの顧客リストの中でも上客中の上客。そんな御方の秘密を、そうやすやすと売るようなイヌカシ様じゃねー。当たり障りのない情報しか取り扱ってないさ」
「ふん。それでもネタは与えて稼いでるんだろ。人を食い物にしやがって。ご立派な商売だな」
「おれは売手だからな。金を積まれたら、文句は言えねーさ。で、紫苑のことなんだが」


両者一歩も譲らない攻防が続いたが、おれが踵を返す前にイヌカシはすかさず話を進めた。


「おれが知りたいのはな、ネズミ。色々おいたをしてきたおまえさんが、どうして紫苑一人に固執してるのかってことだ」
「……」
「四年前に何があったのかはさすがにおれも知らない。だが誰にも靡かないおまえさんが、
紫苑のこととなると異様な程の執着心を見せる。これは、一体どういうことなのかと、思ってな」


紫苑に固執している理由。
そんなの、決まってる。
紫苑は、おれに見返りを望まないから。





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