お題テキスト

□『C』 cloud
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『C』





ぽつ、



    ぽつ。

 ぽつ。






真っ黒な雲に覆われていた空から、一粒、二粒と雨が降り出した。


「なんだよ、結局降り出しやがって」


校門で紫苑を待つ間空を見上げていたおれは、一人呟いた。
今朝テレビで見た天気予報は、一日曇り。
「今日一日はもつでしょう」、なんて可愛い声で宣言しといて、嘘じゃねぇか。
もうマリちゃん天気予報はアテにしねぇ。
なんだか、マリちゃんに裏切られた気分だ。


アスファルトに一つ、また一つ、雨が染み込んでゆく。
それは次第に数を増し、濡らす頻度を上げていく。
そのうち合図でもあったかのように、一斉に雨粒が降り注ぎ始めた。


校門に植えられている木に当たり、さわさわと葉がそよぐ。
耳に心地いい音が、校門の空気をうめつくしていく。


傘、持ってこなかったな。
紫苑が来たら、裏道を抜けて帰るか。




「傘持ってないし」
「誰か入れてくんねー?」
「あそこ、ネズミ様だ、ラッキー」


他にも生徒はいたが、そいつらの声もおれの耳には届かなくなる。
自然の音を聞き、それに身を委ねる。
それがこんなに気持ちいいなんて、今までそんなこと、気にかけたこともなかった。
こんな風に待たされることにも、苛立ちしか感じなかった。


ふと気付く。
いつの間にかおれは、待つのが嫌いじゃなくなっている。


一昔前は、待たされると一方的に相手を責め続けた。
その結果、常に人を待たせることしかしなくなったのにな。


「ネズミ。ごめんな、遅くなって」


外履きに履きかえた紫苑が、ニコニコ笑いながらこっちに向かってくる。
いつも思うが、なんでいつも楽しそうなんだろう。


「あ、雨降ってる」
「さっき降り出した。マリはアテにならない」
「マリって、ネズミお気に入りのお天気お姉さんだっけ? はは、天気予報なんてしょっちゅう外れるじゃないか。マリちゃんのせいじゃない」
「なんだ、紫苑。マリをかばおうっていうのか? おれとマリとどっちが大切なんだ」
「ネズミ、話が錯綜してるよ」


ふざけてじゃれ合いながら、おれは小雨を遮る屋根を抜け出た。
が、5秒とたつ前に紫苑に引っ張り上げられた。


「わざわざ濡れることないだろう。こんなこともあるんじゃないかと思って、折りたたみ、持ってきた」


役に立つのが嬉しいというような笑顔で、紫苑は鞄から、水色の折りたたみ傘を取り出した。


「さすが、あんたははなからマリを信用してなかったんだな。ということは、おれはマリに勝ったわけだ。今度から、天気予報は紫苑に聞くことにするかな」


紫苑の肩に手を回し、そのまま力を込めて引き寄せた。
が、抵抗を受けてあっさり身体が離される。


「やめてよ、こんな、人の沢山いる所で」


真っ白な毛髪に、真っ赤な顔。
可愛い反応するじゃないか。


「ほら、折りたたみなんて小さいんだから、
本降りになる前に帰るよ」


照れ隠しをするかのように、紫苑は勢いよく傘を開く。
水色の円が、くるりと回ってこちらを向いた。


「ネズミ、行こう」


その誘いに、おれも笑顔で頷いた。
狭い傘に二人身を寄せ合って、寮までの道程を歩く。


「紫苑さん、明日の天気はいかがでしょう」
「うーん、明日は曇りかな」
「その根拠は?」
「なんとなく」
「では、明後日の天気は?」
「明後日は、晴れる」
「なに、その自信」
「雨や曇りの、冴えない天気ばかり続くはずがないんだ。だから、明後日には晴れる」
「ふふ、根拠のない自信だ」


でも、それを信じたいと思った。
紫苑の身体に染み込んでいる、無意識に前向きになる考え方。
それに、おれもならってみたい。


「じゃあ、おれも。明後日は晴れると思います」


ふざけて紫苑の腰に手を回したら、すぐさま叩き落とされた。


前向きな、素直な奴。
まあ、そんな紫苑だから、おれは共にいるのだろう。
今までも、これからも。
紫苑がいれば外は曇りでも、おれの中はいつも晴れだから。





―――

cloud



曇らせるもの



―――


08.05.16



 

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