お題テキスト

□迷子
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『ま』


あまりに日差しが眩しかったから。
照り付けられて揺れる緑が、今まで見たことのないくらい綺麗だったから。
闇が滴り落ちたかのように広がる影法師に、心奪われたから。


だから、ぼくは誘われるようにして歩き出した。
夏独特の色彩の鮮やかな景色に、心が遠く彼方へ飛んだ。
どこへ向かうとも知れず、導かれるように、ただ無心に。


その目的を強いて言うなら。
極彩の果てをこの目で見たくて。




どこまでも、どこまでも、見慣れぬ風景が広がり始めても、ぼくは止まることができず、追い求めた。
汗だくになって、息も切れ々れになった頃、足を止めると、そこは小高い丘の上だった。
どうにかこうにか身体を起こし、木の幹に縋って顔を上げる。
その先に、みえたものは。


理想都市の、城壁。


そんな馬鹿な。
そんなつもりじゃなかった。
自分で見つけた彩りを辿ってここまで来たと思ったのに。
結局ぼくは、無意識にも故郷へ帰りたがっているというのか。
形容しがたい絶望にも似た感覚に打ちのめされて、その場にへたりこむ。


どうしよう。帰りたい。
強固な外壁の内側ではなく、きみの元へ。
でもふらふら誘われてきたぼくは、きみの部屋で読んだ童話の少年のように、小石もパンくずも撒いていない。
きみの元へ、帰る道が分からない。




泣こうか、喚こうか、走ろうか。
決め兼ねていた時、不意に耳元に届く旋律があった。




いとしい こ

かわいい こ

もどっておいで

このいえに

もどっておいで

このうで に




初めて聞く、これは、歌?

考えるより早く、身体が弾かれるように反応した。
踵を返し、走り出す。
道はわからない。けれど、本能が知っている。
こっち。こっちだ。いとしい人の待つ家は。


ひたすらに、がむしゃらに走り続けた。
泥が跳ねるのも、小枝に引っ掛かるのも、お構いなしに。
躓いても、足を滑らせても、前へ進む。


茂みを掻き分け小道に出た。
すると不思議なことに、そこはきみの家の前。
所々崩れた外壁に、きみがもたれ掛かって、うたっていた。




聞こえた声は、きみの声。
戻るべき所は、きみの元。
光る小石もパンくずも持たないぼくだけど、
道標はあった。

ぼくにはいつだって、きみがいた。




――――

迷子〔まいご〕


道に迷った子供。
迷い子。


―――


09.01.29





 

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