お題テキスト

□変化
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『変化』


頑丈さでいえば西ブロックの中でも上位に位置するおれの根城は、いつもそれなりに快適だけど、時々困ったことが起きる。
例えば、室内で犬の力比べが始まって窓が割れたり、例えば、代金を滞納した挙句逃げ出そうとした客がいたり。
小さなものから大きなものまで色々あるけど、それなりに繕って今日まできた。
おれはこの城の主だから、解決できないことなんかあっちゃいけない。
あっちゃいけないんだけど、おれの力じゃどうにもできないことだってある。
例えば、自然の猛威について、とか。


数日前に降り始めた雨は、まだ貯えがあるのかと溜め息が出る程、尚も激しさを増していた。
始めのうちは蓄えができるとか身体を洗えるとか喜んでいた西ブロックの連中も、二日目の夕方頃から顔を曇らせ、三日目の夜にはついに早く雨がやむように祈り出した。
日照り続きだと雨雲が出るよう願うくせに、降ったら降ったでまた文句。面倒なもんだ。
なんて、悠長に考察してる暇も今はない。
使いにやった犬が順に戻り始め、おれの元に各地区の情報が集まり始めたからだ。


「端の低地が沈んだって? あそこは毎度そうだから、住んでる奴らにもそれなりの心得みたいなもんがあるだろ。川が増水? そりゃおれにはどうすることもできねぇよ。怖かったら尻尾隠して二階に上がっとけ」


乾いた部分などないくらい全身をずぶ濡れにした犬が、降りしきる雨の中から弾丸のように駆けこんできては状況を報告する。
雨足が強まり始めてから、健康な犬を偵察に向かわせた。ただでさえ荒れている西ブロックに、新たな崩壊が起きていないか把握するためだ。
忠実な犬たちは、ななめに降りしきる雨に臆することなく飛び出して、情報をくわえて戻ってくる。
それによると今回の豪雨の被害は深刻で、どこもかしこもそれなりにやばいらしい。さすが、手入れの行き届いてない掃き溜めだ。
怒り狂ったように猛る雨に、大地は抉られ、安全な場所が確実に減っていく。
前回被害に見舞われた地帯が乾き、ようやく元の生活を取り戻しかけた頃、それを嘲笑うようにまた雨が降る。
あの壁の中に住む奴らは、さすがに気候までは操れないとは思う。
でも考えずにはいられない。自分たちが住む場所を更に理想郷に近付けるため、よくないことをこっちに押しつけているんじゃないかって。


土砂降りの雨なんか、今まで何度も体験してきた。
ざんざん恐ろしい音しか聞こえない中で、身体を縮め、息を殺すことしかできない。
年々増える亀裂から吹き込んだ雨に手足を打たれ、心も身体も芯から冷える。
物心ついた頃からずっと耐え続け、今ではすっかり免疫ができた。
絶望の淵を覗き込むような恐怖にさらされることもないし、都合のいい他人の願いに苛立つこともない。
そうして覚えるべくして覚えた対処法を構えて、今回の雨もしのいでやる。
労いの気持ちを込めて犬の背中を撫で、冷え切った空気の中に白い息を浮かべた。





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