6テキスト

□ろくなことがないんだから。
1ページ/1ページ


「しおーん、お願いがあるんだけど」

「何ネズミ、猫撫で声出して。なんか企んでるんじゃないだろうな」

「あ、ひどい。鼻っから決め付けるんだ。
あーあ、しおちゃんはそんな子じゃないって思ってたのにな。買い被りすぎたか」

「きみに出会う前は素直になんでも信じる子だったさ。でも、きみがそういう声出す時は、必ずなにかあるんだ。経験から、学んだ」

「まあ、否定はしないでおこう。今日のお願い事は他でもない」

「ぼくに拒否権はないのか」

「そんなもんはないね。あんたには、舞台の読み合わせに付き合ってもらう」

「あれ、案外普通」

「あんたの朗読の声を見込んでの願いだ。聞いてくれる、な?」

「そう言われて悪い気はしないけど。でもやっぱりぼくには断る権利は与えてもらえないのか」

「ほら、この本な。それの31ページの、ロラの『嗚呼〜』の独唱から頼む。しっかり、感情込めてくれ」

「うん、わかった。
『嗚呼、愛しの君。
わたくしの想いに捕われず、自由に、どこまでも自由に飛び去ってしまう人。

でも、わたくしは知っている。
飛び立った黄昏から数えて三晩。
必ず再びこの寝室に舞い戻るであろうことを。

嗚呼、愛しの君。
次にここに姿を見せる時は、どうかわたくしのささやかな願いを叶えてほしい。

その逞しい腕で力強く抱かれたい。
髪の房を引っ張り上げられても構わない。
わたくしの顔を上げ、深く、息も着けぬくらい激しい、唾液にまみれるような口づけを。
薄布を引き裂くように、わたくしの素肌をあらわにして。
そこかしこ、至る所に証を刻み、両の豊かな乳房に唇を。

しかしそれではまだ到底足りない。

愛しの君を受け入れることに慣れきった、秘密の蜜壷に』
ネ、ネズミ! なんだこれ!」

「ほら。最後までちゃんと読んでよ。
『秘密の蜜壷に猛りを捩込んで』
でしょ?」

「こっ、これが次回の脚本なのか!? このロラの相手役にきみが出るのか!?」

「ふ、ふ。……くく」

「何がおかしいんだよ」

「『嗚呼、愛しのロラ嬢。
今宵貴女の御元に戻った理由は他でもない。
貴女を、壊れんばかりに激しく雄々しく、かき抱く為』
さ、紫苑嬢。ここから先は濡れ場なんだ。ベッドの上で、付き合ってくれるよな……?」

「え。いや、あのそれは困りま」

「『愛しております。
心、身体、潤んだ瞳を。
骨の髄まで』」

「やっ、ネズミ、落ち着い、こっ、こらーっ!」




事後に耳元で囁かれた。

この作品が上演されるなんて嘘。
ただ単に、この官能小説をぼくに朗読してほしかったんだそうだ。


ネズミ、許さん。







end



08.06.03〜08.07.05までの拍手お礼



 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ