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□ろくなことがないんだから。
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「しおーん、お願いがあるんだけど」
「何ネズミ、猫撫で声出して。なんか企んでるんじゃないだろうな」
「あ、ひどい。鼻っから決め付けるんだ。
あーあ、しおちゃんはそんな子じゃないって思ってたのにな。買い被りすぎたか」
「きみに出会う前は素直になんでも信じる子だったさ。でも、きみがそういう声出す時は、必ずなにかあるんだ。経験から、学んだ」
「まあ、否定はしないでおこう。今日のお願い事は他でもない」
「ぼくに拒否権はないのか」
「そんなもんはないね。あんたには、舞台の読み合わせに付き合ってもらう」
「あれ、案外普通」
「あんたの朗読の声を見込んでの願いだ。聞いてくれる、な?」
「そう言われて悪い気はしないけど。でもやっぱりぼくには断る権利は与えてもらえないのか」
「ほら、この本な。それの31ページの、ロラの『嗚呼〜』の独唱から頼む。しっかり、感情込めてくれ」
「うん、わかった。
『嗚呼、愛しの君。
わたくしの想いに捕われず、自由に、どこまでも自由に飛び去ってしまう人。
でも、わたくしは知っている。
飛び立った黄昏から数えて三晩。
必ず再びこの寝室に舞い戻るであろうことを。
嗚呼、愛しの君。
次にここに姿を見せる時は、どうかわたくしのささやかな願いを叶えてほしい。
その逞しい腕で力強く抱かれたい。
髪の房を引っ張り上げられても構わない。
わたくしの顔を上げ、深く、息も着けぬくらい激しい、唾液にまみれるような口づけを。
薄布を引き裂くように、わたくしの素肌をあらわにして。
そこかしこ、至る所に証を刻み、両の豊かな乳房に唇を。
しかしそれではまだ到底足りない。
愛しの君を受け入れることに慣れきった、秘密の蜜壷に』
ネ、ネズミ! なんだこれ!」
「ほら。最後までちゃんと読んでよ。
『秘密の蜜壷に猛りを捩込んで』
でしょ?」
「こっ、これが次回の脚本なのか!? このロラの相手役にきみが出るのか!?」
「ふ、ふ。……くく」
「何がおかしいんだよ」
「『嗚呼、愛しのロラ嬢。
今宵貴女の御元に戻った理由は他でもない。
貴女を、壊れんばかりに激しく雄々しく、かき抱く為』
さ、紫苑嬢。ここから先は濡れ場なんだ。ベッドの上で、付き合ってくれるよな……?」
「え。いや、あのそれは困りま」
「『愛しております。
心、身体、潤んだ瞳を。
骨の髄まで』」
「やっ、ネズミ、落ち着い、こっ、こらーっ!」
事後に耳元で囁かれた。
この作品が上演されるなんて嘘。
ただ単に、この官能小説をぼくに朗読してほしかったんだそうだ。
ネズミ、許さん。
end
08.06.03〜08.07.05までの拍手お礼
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