6テキスト

□年上の夫、年下の美人妻。
2ページ/3ページ


「この写真選んだの、おっさんだろう? もう少しましなショットなかったわけ? こんなに開いてんだから、それを正面からおさえた写真にしなくてどうするんだよ。雑誌の読者相手に焦らしも何もないだろう」


おまけにダメ出しまでされた……。
こんな、おれの半分の年齢くらいにしか満たない、年端もいかない小僧っ子に。

まあ、別段悔しくもない。いつものことだ。
……こうやって甘やかし過ぎるのがいけないんだろうか?


おれは奴が飲んでいたブランデーのグラスを引ったくるようにして奪い、一口でその中身を空にした。
テーブルにグラスを置き、イヴの向かいのソファにどっかりと座り込む。
甘やかしてしまうのも無理はない。仕方のないことだ。そう自分に言い聞かせる。
現に、イヴはとても可愛いのだから。




舞台で見たイヴが実際こんな奴だと知って、始めは幻滅したが、それでも、姿形は舞台上で見たイヴで。
何気なく、ふとした瞬間に見せる動作が目を見張る程美しいのだ。
中身が悪魔だとわかっていても、無意識のうちに引き付けられる。
見れば見る程、会えば会う程。
そしていつしか、外見だけではなく内面にもまでも、イヴ……ネズミという存在すべてに、惹かれている自分に気付いた。
紫苑のことはどう近く見ても息子としか感じられない。事実親子のようになれたらと夢見るおれがいる。
だが、イヴのことは――。


「……い。聞こえてないのか? おっさん。……遂にいかれたか」


イヴのあざけるような声にはっとして目の焦点を合わす。
どうやら考えに耽っていて遠くを見てしまっていたようだ。


「誰がいかれたって?」


反論してみたものの、すぐさま不覚にも胸が跳ねた。
真ん中に挟んだテーブルに両腕をつき、おれの顔を覗き込むイヴの姿に。
その顔には、「何をぼーっとしているのかわからない」と言いたげな表情。
無邪気な、子供のような雰囲気をまとっている。
内心どう思ってるかは知らんが、可愛いもんは可愛い。……絶っっっ対口には出さんが。
目に見えるから。調子にのる姿が。


見る者の目を離せなくさせる表情もそうだが、何より怖いのは。
おれを見上げる、深くも浅くも見て取れる色の瞳。
その目線に捕われたら最後。目が離せなくなる。
目が離せなくなるとどうなるか。中性的な魅力に捕われて、情けない話だが欲情しそうになる。
今まではなんとか堪えてきた。紫苑が一緒の時は大丈夫だ。紫苑の手前、変なことは出来ない。
けれど。一人で。しかもおれの部屋にいるとなると。

……駄目だ流されるな。理性を保て。


「……あ」


ふと、思い出した。出掛ける前に開け放した寝室の窓の事を。
いかん。ベッドがびしょ濡れとなると、今夜はソファで眠ることになっちまう。掃除しに行かないと――。

慌ただしく立ち上がり寝室へ向かおうとするおれに、イヴは澄ました顔で告げた。


「ああ、窓? 雨降ってきたから閉めておいた」
「……へ?」


うっかり間抜けな声が漏れる。
一応確認する為に寝室の扉を開けてみる。本当だ、閉まっている。


「礼として、貰っといた」
「何を」


振り返りイヴを見る。
片手の掌には、まがまがしい色をした安っぽい紙の箱。寝室の引き出しに入れていた、買い置きの避妊具だった。


「あっ、おまえ! それ最後の一箱だぞ!」
「ケチくさいこと言うなよ。大人は自分でまた買ってきて下さい」
「おまえは子供なのか。子供はそんなもん使わんぞ」
「あら。じゃあ、可愛い紫苑が妊娠してもいいんだ」


サーッ。イヴの子供らしからぬ声に、全身の血の気が引いた。


「なっ、ど、ま! おまえ、紫苑にまで手ェだしたのか!?」


青筋を立て慌てるおれを見て、イヴはくすりと笑う。


「じょーだん」
「……んだよ……笑えねぇよ、そんな冗談……」


安堵なのかなんなのか。頭をばりばりと掻きながら、何気なく部屋の片隅に目をやる。
そこは、おれがいつも記事を編集する時に資料置場にしているところだ。
いつ倒れるかも知れない程山積みになったいかがわしい大量の紙。
だがそれが、一枚も見当たらなくなっていた。その分、部屋が広く見えることに、今気付いた。

おれの視線に目敏く気付き、イヴはグラスにブランデーを注ぐ手を止め言った。


「ああ、資料? 暇つぶしに読みながら片付けといた。本棚のファイルに、日にち別にして分けてある」


なんでもないことのようにイヴは言い、またブランデーを飲む。
……膨大な数の紙だったはずだぞ?
本棚を見ると、確かにファイル別に分けられた資料がある。横幅の広い棚一段を丸々占領して。


「あ、ああ…悪いな。でも、かなり時間がかかっただろう。一体どうした? また、礼という名目で何か取ったか?」
「このお礼に、こうして飲んだり食べたり吸ったり吐いたりしてます。……別に。暇だったから」


コンドームにパイにブランデーか。
決して安くはない。けれど、釣り合わなくはないか。
……なんだよ、可愛いことしてくれるじゃねぇか。


「片付けよう片付けようと思ってそのままにしてたから、正直かなり助かった。悪いな」
「そ。よかったな」


まるで人事のような口ぶりだな。
まあここで突然素直になられても、何か不気味なものがあるが。


「さーて部屋も片付いたことだし。湯でも張って風呂に入るとするか」


なんとなく口にしたことに、またしてもイヴは口を挟んだ。


「あ。さっきシャワー浴びたついでに張っておいたから」


…………な、なんなんだ? どうしたんだ今日のイヴは。気持ちが悪いくらい気がきいている。


「イ、イヴ、どうした? 何か変なもんでも食ったか? それかこれはすべておれの夢か?」
「自分で作ったスープと紫苑の買ってきたパンしか食ってません。オッサンの白昼夢でもないぜ。ったく、人が親切にしてやってんのに。つまんない反応」


親切? 一体どういう風の吹き回しだ?
いつものイヴからすると、有り得ない。考えられない。

余程胡散臭そうな顔を向けていたのだろう。
おれを見てイヴが笑った。その笑みは含みでも嘲笑でもない。
純粋に可笑しくて笑っているような、幼いもの。


「はっ、はは……何おっさんその顔。余計に老けて見える。おかし……」


なんだ、こいつ。いつも可愛いげのないくせに。今日はやけに、素直な反応を見せる。
……可愛い、じゃねぇか。
歳相応の楽しげな姿。これが、普通の子供の反応なのにな。

おれは、少なくともそうだった。楽しい時には素直に笑い、腹がたったら素直に怒った。
それができないのが、ここの現状か。

あまり不審な顔をしていると、また可愛いげのない態度に戻るだろうな。


「あ、そういや」


ふと浮かんだ疑問を口にする。


「おまえ、何しに来たんだ? 紫苑はどうした?」
「あのなおっさん。おれだっていつも紫苑の面倒みてるわけじゃないの。たまには一人で遊ばせてるわけ」
「ああ。イヌカシの手伝いか? それで構ってくれる相手がいないから来たのか」


少し嫌味を込めて言ってみた。


「……」


イヴは少し俯いて、おれから目線を逸らした。


「ん? なんだ、どーした」
「なんだよおっさん。おれは、おっさんに会いたくなったからわざわざ来たのに」


な……! 何を言い出すんだこいつ!
おれの心でも読んでいるのか? そんなこと言われたらどぎまぎするだろうが……!

と、思ったら。やっぱり、違ったみたいだ。
返答に困っているおれを見て、忍び笑いをしてやがる。
このガキ。さっきのおれの嫌味が図星だったんで、仕返ししたんだな。
ならおれだって。言い返してやる。

そう思い至り、おれは我ながら珍しく自分らしくない冗談を言った。
それを一蹴したあとに、また無邪気に笑うイヴが見たかったから。





次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ