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□年上の夫、年下の美人妻。
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その日は昼過ぎから、バザーに買い出しに出掛けた。
必要な食料、飲料――アルコールだ――、衣服……欲しいものを一通り揃えたところで、突然の夕立に見舞われた。
ここには、当然だが天気予報なんて存在しない。
空を見上げ、風をよみ、自分で雨風を予想しなければならない。
いつも注意して過ごしてはいるが、今回の夕立は予想外だ。

……まずい。寝室の窓を開けっぱなしにしてきた。その窓の下にあるのはベッド。
……しまった。

雨が降り始めてから急いでも仕方がないとは思いつつも、おれはいつもより足早に自宅に向かった。





家の前まで来ると、誰もいないはずの部屋に明かりが灯っているのが見えた。

誰だ?
家荒らしや盗人が入る可能性は極めて低い。
色んな方面で集めた金で、この辺りじゃ珍しいくらいセキュリティは万全の家だからな。見た目はぼろいけど。
知り合いや一度来たことのある女、だろうか。それなら、まだいいか。

おれは階段を上りながら、可能性のある人物の顔を思い浮かべる。
風俗雑誌の編集仲間?
いや、締切はまだ先の約束だ。相談するようなこともないし、締切の話以外で訪ねてくることはない。
女か? だとしたら、誰だ。先日声をかけた娼婦か? でも、家は教えてないしな。
女で思い当たるふしなら山ほどある。その候補を、頭の中で浮かべては消し、浮かべては消し。
あー、紫苑、ていう可能性もあるな。暇だったから遊びに来た、とかな。
だったら何も言わずに大歓迎だ。
紫苑好みの甘いコーヒーと、今手提げに入っている夜食のパイや肉、スポンジケーキ、好きなだけ出してやろう。


ああどうか。
部屋にいるのが紫苑でありますように。
変な女や面倒な男ではありませんように。


しかし、ここに来てからは、あいにく祈る神など持ち合わせてはいない。
無意識に願ってしまうような自分の若い精神に内心で苦笑しつつ、扉の前まできた。
……来たはいいが。
両手、買い出した荷物で塞がってるんだよな。
誰が中にいるのか知らんが、無断で人の住居に侵入してるんだ。扉くらい開けさせても文句は言われないだろう。


「おーい。誰だか知らないが、開けてくれ。今両手どっちも塞がってんだ」


……反応なし。


「……聞こえないのか? おい! 勝手に入り込んでるんだから、少しは手を貸してくれ」


……無言。


「この時点で、紫苑ではねぇな」


そうぼやいた途端。


「なに? 紫苑がどうしたって?」


全く無反応だった客人が、突然音もなく扉を開けた。
そこからひょこりと出した予想外の顔に、おれはしばし呆気にとられた。


「イ、イヴ?」
「ん? 紫苑が来たんじゃないのか? なんだ」


珍しい。紫苑と一緒に来るのならまだしも、こいつが一人でここにいるなんて。
目を丸くするおれを尻目に、無視してさっさとイヴは扉を閉めようとした。


「って、おい! 待て! 家主が帰ってきたのに挨拶もなくそれか!」


思わず手にしていた荷物を振り回し、閉じかけた扉をこじ開ける。
おれが扉に手をかけたことを横目で確認して――なんとなくくすりと微笑んだような気がする――、イヴは手を離した。


「最初から、人に頼まず自分で開けりゃいいんだよ」


……このガキ。
扉を開けることも荷物を持つこともしないで、口を開けば減らず口か。勝手に上がりこみやがって。
ま、叱らないおれもおれだがよ。


「おまえ、いつからここに……って、あーーー!」


荷物を机に置き、改めてイヴを見遣り。思わず声が出た。

イヴが、室内にいる。それはいい。
土足のまま行儀悪くソファーに寝転んでいる。それもまだいい。

問題は、戸棚にしまっておいた、ミートパイを勝手に食べてしまっていること。
ホールで残しておいたのに、あと一切れしか残っていない……くそ、やられた。

そして。
苦労して手に入れた年代物のブランデー。それを勝手に飲んでやがる。
持ち主のおれもまだ開封していない代物。色々なもしもに備えて隠しておいたのに……こいつ。

更に。
引き出しにストックしておいた、いつも吸っている銘柄の煙草。
なぜ在りかを知っているのか、1カートン分を辺りにばらまいて吸われている。
しかも、火を点けてはすぐに揉み消し。口淋しくなりまた点けて。また揉み消す。
灰皿に、ほとんど減っていない煙草が散乱している。
贅沢な吸い方をしやがって。ここで煙草がどれほどの価値があるのか知っているくせに。
いや、だからやったのか。……嫌味な奴だ。

……極め付けは。
おれが編集した風俗誌を、堂々と広げて読んでいる。しかも、つまらなそうに。
あられもない姿で喘いでいる娼婦の姿が見える。

もう、何から注意したらいいのかわからない。
むしろ、注意なんか一つも聞かないんだから、いっそしなくてもいいのかもしれない。
いやいや、それが甘えになってるんだ。ここはがつんと言ってやれ、おれ!
だが、おれががつんと言ったところで、それを素直に受け止める奴か……?

怒りだか脱帽だか呆れだか、なんだかよくわからん疲れが一気に押し寄せる。
こうまで好きかってやられたら、もうどうにでもしてくれという投げやりな気持ちにすらなっていた。





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