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□きみの悪事と果てない回廊
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きみが舞台に立った夜は、いつも必ずといっていいほどプレゼントを抱えてきた。
食べ物、飲み物、衣類、本、装飾品、寝具、調理器具。
土地や物件、家具、家畜、脚色しているのかもしれないけれど、果ては遺産相続件まで貰ったことがあるというから、驚きだ。

そんな様々なプレゼントの中で、今回の物は許しがたいものベスト――ワースト?――3に入る。
今思い出しても、羞恥に全身真っ赤になりそうな程。
まったく、プレゼントする人もする人だけど、使う奴も使う奴だ。
イヴへの贈り物には、今後規制をかけてもらいたいよ。
……はぁ、本当に。




―――


き みの

    悪事 と


果 てな い

      回   廊


――――




その日。舞台を終え帰ってきたネズミは、いつもより上機嫌だった。


「し、おーん? ただいま」
「お帰りネズミ……なんか、やけにテンションが高いな。どうかしたのか?」


あまりの機嫌のよさに若干の不気味さを感じ眉を寄せながら、紫苑はネズミを迎え入れた。
その様子すら楽しそうに見やり、ネズミは紫苑に近付く。


「紫苑」
「な、なに、ネズミ。お酒でも飲んでる?」
「違うよ。今日、珍しくいいものを貰ったんだ。ほら、見せてやる」


巨大な猫よろしく今にも擦り寄ってきそうなネズミに、紫苑は心持ち引いた。


「え、貰ったって、プレゼント? ……なんだろう、いいものって。……気のせいかな。なんだか、嫌な予感がする」
「失礼な。可愛くて艶やかなイヴちゃんにってわざわざ下さった、貴重な代物だ」


ほら、と言ってネズミは握っていた右掌を、紫苑の前で開いた。ただそれだけの動作なのに、まるで手品でも見せられたかのように引き付けられてしまう。
覗き込んだ紫苑が見たもの。
ネズミの掌に現れたのは、真っ白で真ん丸の二つの錠剤だった。


「ん? これ、薬? 一体、なんの……」


紫苑は訝しげにネズミを見上げた。その口元には、まだ楽しそうな笑顔。
……なんだろう。絶対何か、企んでる。
しかしその企みを、どうしても紫苑は読み解くことができなかった。


そもそも、ここ西ブロックで薬を手に入れられる場所を紫苑は知らない。あったとしても、とても高額で取引されているはずだ。
身体を患っている者は、薬を買う余裕すらなく死んでいく。
それに、薬を買う金があるのなら、真っ先に食に使うだろう。
ゆっくりと身体を蝕む病魔より、目先の食物。
生きながらえることに幸福を見出せない者の多いこの一帯では、それが当然の理だった。ここにきて、ネズミに教わったことだ。

そこまで考え、紫苑は軽く頭を振った。
ぼくがここで憂いでも、事態は少しも良くならない。
以前、目を向けることにも多少は意味があると思う。と、ネズミに歯向かったことがある。
その言い分も、ネズミに鼻先だけで一蹴された。

『目を向けて、改善できるのならな。ただここでは、偽善と思われるような愚かな行為だ。人前では口にしないようにするこった』

苦い想いが胸に広がる。
ネズミの言葉にはいつも気付かされる。このことについては、いつまでたっても分かり合えないかもしれない。
むしろ、ぼくが考えを改めなければならないのだろうか……?

一人考えに没頭した紫苑に首を傾げ、ネズミは言った。


「あれ。なんの薬? とか聞かないわけ?」


紫苑はひとまず考えを頭の隅に追いやり、差し出された錠剤に目を向けた。
ネズミは怪しげな笑みを崩さず再度問う。


「なんだと思う?」
「薬、だろう? 風邪薬、頭痛薬、精神安定剤、痛み止め……どれも違うっていう顔だな」


ネズミはくすっと笑うと、錠剤を一粒つまみ、紫苑の目の前に掲げた。


「なんでおれへの贈り物に、体調改善の薬なんて渡すんだよ。……もっと上質な薬だ。」


勿体振った態度に焦れて、紫苑は薬に手を伸ばす。
その手に触れさせないかのように、ネズミはついっと自分の背中に手を回し、薬を隠した。


「勿体振らずに教えてくれよ。それとも、きみはただぼくにその上質な薬とやらを見せびらかしたかったのか?」
「まぁそう焦れるなって。ふふ、この薬はな、そう簡単に手に入るもんじゃない。なんたって……飛べる薬、なんだから」





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