6テキスト

□おやすみの、
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「っ……」
「今のは、可愛いハムレットからのキス」
「へ」
「次は、クラバットからのキス」


そう言い終わらないかのうちに、ネズミはまた紫苑にくちづけを落とした。さっきより長く、濃密に。


「……ん」
「ツキヨから」


一瞬唇を離し紫苑に呼吸を与えてから、三度目。短いキスを何度か繰り返す。
唇が離れるその度に、紫苑の吐息と濡れた音が漏れた。


「ん……」
「はぁ」
「……」


今まで触れ合っていた、紅く濡れた唇に目をやり一人で赤面しつつ、紫苑はネズミを見上げる。


「ん、なぁに、その目」


親指で唇を拭いながら、ネズミは紫苑を見つめ返した。


「ネズミ」
「なに」
「……ネズミからは」
「――」
「ネズミからのキスは、ないのか」


赤く染まった頬をして眉を寄せながら問われ、思わず吹き出しそうになった。
懇願は、もっと色っぽくするものだ。まあ、こんなのもいいか。
新鮮で、そそる。


「へぇ。ちゃんと望んでくれるんだ」
「そりゃあ……。だ、だって、きみから言ったんだ」


言い終え口を閉じる前に、ネズミは紫苑にくちづけた。
強欲に求めるように、深く。何度も、噛み付くように強く。


「ん、ふ、はぁ……」


先程まで静かだった部屋に、互いの息遣いと水音しか聞こえなくなる。
それが異様に大きくこだましているかのように響いて、紫苑の羞恥心を煽る。

ここに人間は二人しかいない。誰に聞かれるわけではないけれど、音が漏れるのは恥ずかしかった。
ネズミの両手にしっかりと固定されている為、引くこともできない。
混ざり合った唾液が、顎を伝って零れていった。


「んん、ふ……ネ、は……ふ」


唇が離れた隙に名を呼ぼうとするがその時間さえ貰えず、口内を余すことなく探られる。
何度も、何度も。角度を変えては深く。時折浅く。


「ん……んん」


意識が朦朧としてきたところで、ようやく解放された。
唇が離れる時、互いの唇に糸が伝うのが見えたが、呼吸に必死で羞恥は感じなかった。


「っ、はぁ、はぁ……けほっ、こほ」
「は、紫苑、大丈夫」
「ぜ、ぜんぜ……大丈、夫、じゃない」


空気と一緒に唾液も吸い込んでしまい、むせる。
顔色一つ変えず相手の心配をするネズミを、紫苑は恨めしく睨み付けた。


「お、おやすみなんかじゃない! あ、あんな、あんなキス……ぼくは、知らない!」


むせた苦しさで滲んだ涙を拭いながら、紫苑は言う。
その反応を見て、ネズミはくすりと笑った。


「おれからのキスには……挨拶だけじゃなく、愛も込めたからな」
「……っ! 愛なら、ぼくだって込めた!」
「あんたの愛とおれの愛とじゃ、見方も経験も違うんだよ。また今度、教えてやる。ゆっくり、慣らしていってやるよ」


悔しいながらも、心のどこかでは自分とネズミの愛との違いを理解している紫苑だった。
ネズミに弱いのは認めるが、優位に立たれるのは釈然としない。
ひとまず、しばらくはおやすみのキスはなし。そう固く心に誓い、紫苑は全ての音を毛布で遮断した。





08.04.19*
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