6テキスト

□夢の延長戦
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「紫苑、紫苑」
「なあにネズミ。珍しくにやけて」
「いいからこっち来てみろ。…面白いもん見せてやるよ」
「なに、面白いもんって」
「いいから。見てからのお楽しみ。そこ、開けてみろよ」


ネズミが上機嫌でぼくを手招きする。きみがあまりに楽しそうなのが単純に嬉しくて、ぼくは素直にそれに従った。
…今思う。
今度からぼくは、きみを疑った方がいいみたいだ…。


「なに?ここ?
ん〜……、
ぅあ!わあーーー!」


見知らぬ扉を開いて一歩踏み出した。
…その扉の向こうには、床がなかった。
ぼくは真っ暗闇の中、大声で叫びながら落ちていった。






******




“夢の延長戦”





******






「…ぁぁあああああっ…!」
「よっ、と」

ぼふ。
………………あれ?
真っ暗闇を底なしかと思える程落ちたにしては、着地地点が柔らかい。
落下途中の思考が止まる中、硬い床に叩きつけられると思っていたのに。
予想に反してここは…。
…ふかふか、してる。
…なに?どうなってるの?


「紫苑、無事か」
「ネ、ネズミ…!無事は無事だけど…。
な、なんなんだよあの扉!ここどこなんだ…あの部屋にはまだ地下室があったのか…?」
「…ふふ。ここが、あの部屋の地下かって?
この適温に保たれた居心地のいい部屋が?」
「…なんだよ…地下じゃ、ない…?じゃあここはなん…」


《だ、誰…!ネズミ…ネズミっ、この部屋、誰かいる…!》


手探りでネズミを探そうとしたところ、突然怯えたような声がした。
……
…は?
……
い、今、なんて言った?
ネズミ…だって?
そっちこそ誰だ…。ネズミの、知り合い…?


《はあ?誰かって?…誰がいんだよ》


…続いて聞こえたのは…。さっきの怯えた声に答える、ネズミの声。
…え?
ええ?
怯える声に答えるっていうことは…やっぱりネズミの知り合いなのか…?
…こっちがはあ?なんだけど…。


「ね、ネズミ!なにがどうなってるんだ…?
きみの知り合いのところに、ぼくを連れてきたのか?」
「いや…。知り合いっていうか…」


《ネズミ!は、早く》
《………》


ぱち。
短い無機質な音の後、突然光の中に放り込まれたように眩しくてなにも見えなくなった。
明かりがついた。…ランプや蝋燭、そんな類いの明るさじゃない。
これは、電気の明るさ…?


「眩し…」


恐る恐る目を開くと。
正面には鏡があった。
大きな、一枚の姿見が。
ぼくが、写っている。ネズミと一緒に。
ぼくもネズミもぽかんとした表情で、鏡の向こうから見つめ返してくる。
…初めて見る、ネズミのぽかんとした顔。
ぼくも、自分が心からぽかんとしている顔を見るのは初めてで。
……あまりにぽかんとしているから、なんだか笑えてきた。
けれど。ますますわけがわからない。
すぐ真横に座り込んでいるネズミを見る。


「ねぇネズミ。ここは一体どこなん」


あれ。
ネズミはぽかんとしてない。
ぽかんとするどころか。
むしろ…笑ってる。
………
…笑ってる?
鏡をもう一度見返してみる。
鏡に映るネズミは、笑っていない。
でも、すぐ隣にいるネズミは笑ってる。
あれ、あれ…おかしい。鏡に映るきみ。
でも、ぼくも。
鏡に映っているぼくも、なんだかおかしい。
だってぼくがいくら喋っても、辺りを見回しても、鏡のぼくは動かないんだもの。


「あ、あれ…?」


ぼくは鏡に近寄ってみる。当たり前だけれど、向こうのぼくも同じように近寄ってきた。
お互いに手を伸ばす。ぼくは右手を。向こうは左手を。
そして、触れ合った。
けれど、それは平行的な鏡の感触じゃない。
触れたその手は、人間のもの…。
え?これって…?


「《…ぼくがいる》」


そう。触れた相手は、ぼくと同じ。
血が通って、息をして、生きている、ぼくだった。
遅れに遅れて、今度はぼくがぽかんとする番だった。







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