風シリーズ

□貴方がいないとダメみたいです
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「バカでしょ」

『…うるさい』


帰って来てからずっと部屋に引き籠もってお気に入りのクッションに顔を埋めていたら、今一番見たくない顔をした男が部屋に入って来てそう言った。傷心の女を慰める言葉の一つも言えないのかと問えば、生憎とそんな優しさは持ち合わせてないよ、と返された。出てって、どうして?、その顔を見たくないから、なら余計にいようかな。押し問答の末にそんな事を言うこの男は鬼畜だと思う。大好きな彼と同じ顔なのにどうしてこうも性格は正反対なんだろう。彼とこの男を比べる気はないけれど今の私にはかなり毒。優しい言葉の一つでもこの男からかけられたら縋ってしまいそうだ。この男もそれを解っているから私に慰めの言葉はかけない。これがこの男なりの優しさなんだから。


「ねぇ、」


携帯、充電切れるよ。そう言われ耳を済ませば確かに要充電を知らせる警告音。充電しなくちゃ、ひょっとしたら連絡が来るかもしれない。頭ではそう思うのに体が動いてくれない。そのうちにピー…っと長い電子音を流して音は止まる。ぎゅうっと顔を埋めたクッションを両腕で抱き締めて身を縮めた。


『ヒバリ、』

「…なに」


失恋ってこんなに痛かったっけ、と聞けば知らない、と一言だけ返された。何度も経験してきたはずの痛みなのに今回は異常な程に痛い。刃物で切って出来た傷がずきずきと痛む、なんてもんじゃない。例えるなら体の一部がそっくりなくなったみたいな痛みだ。それだけ彼の存在は大きかった、って事なんだろう。


「貸してあげようか?」

『なにを…』


まだ空いてるよ。ちらりと横目で見れば自分の胸元を指先でとんとん、と叩く彼によく似た男。無性に泣きたくなる。


『…泣かないもん』

「そうだね。泣きすぎて涙も出ないだろうね」

『…』


今更後悔したって遅いのは解ってる。それを選んだのは私の方だ。でも予想以上に痛みは大きい。いつもならどうしてたっけ。甘い物をバカみたいに食べて暴れて泣いて新しい恋をして…でも今回ばかりはそれらを実行しても立ち直れそうにない。


『…ただね、寂しかっただけなんだ』

「…」

『風さんが初めてだったから』


彼と出会う前に沢山恋をしてきた。その度にこれが最後の恋になればいい、と思って恋をしてきた。でも私を好きだって言ってくれた人達はいつも私を道の一つみたいに通り過ぎて行った。
大人しい女だと思ってた、凶暴な女だ、思ってたのと違う、みんなそう言って私の前からいなくなってったっけ。小さい頃から近所でも評判のお転婆だった。苛められる弟を守る為に強くなろうって決めて喧嘩ばかりしてた時期もあった。今じゃ目の前にいる雲雀恭弥ですら泣かせるくらいの凶暴さだ。どうやら男は大人しくてか弱い女が好きみたいで私みたいな女はお断りらしい。でも彼は、風さんだけは有りのままの私を受け入れてくれた。いつも隣で優しく笑っていて、何よりも私の事を大切にしてくれて…嬉しかったんだ、そして彼の優しさに甘えてた。少しくらいわがまま言ったって有りのままの私を受け入れてくれた彼なら大丈夫、そう勝手に決め付けてたんだ。


『…謝ったら許してくれる、かな?』

「さぁね。僕は彼じゃないから解らないな」

『…わがままな女だな私』

「…ねぇ」


これは僕の持論だけど、と続ける男の顔を見た。


「わがままはいい女の特権。そしてそのわがままを全て叶えてあげるのがいい男」


僕はそう思うんだけど、とヒバリが言う。思わず顔を上げると、ヒバリは鼻で笑いながら言った。


「くだらないね」

『…』

「冷たいだの会ってくれないだので好きだの好きじゃないだの言う君は愚かでその辺にいるただの女と同じだ」

『…』

「なにをそんなに臆病になる必要があるの?好きじゃなきゃ彼だって刹那といつまでも付き合ってたりしない」

『…』

「寂しいなら自分から叫べばいい、好きだ、寂しいってね。君がたった一言会いたいって言えば、あの中国人の彼は世界の果てにいたってすぐに飛んで来るよ」


試してみれば?そう言って差し出されたのはいつの間にか充電器に繋がれて電源の入れられた私の白い携帯。大好きな彼とは色違いでお揃いの携帯だ。


「言っておくけど彼の事諦めて僕のものになったって構わないよ」

『…年下に興味はないんだ私』


ヒバリの言葉に笑ってしまう。そして差し出された携帯を受け取るとヒバリは部屋を出て行こうと扉を開けた。


『ヒバリ、』

「なに?」

『…ありがとう』


小さくお礼を言ったけれどヒバリは扉を静かに閉めて部屋からいなくなった。握り締めた携帯のボタンを震える指で押す。耳元で聞こえるコール音に心臓は破裂寸前。許して貰える、また前みたいに戻れる、なんて都合の良い事は思っていないけれど。でも私はやっぱり、










貴方がいないとダメみたいです
(この先なにがあっても好きになるのは貴方だけ、とそう決めているから)



鳴り続けたコール音が途絶えて戸惑う彼の声が私の耳に入ってきた。ヒバリがくれた勇気を無駄にしたくない。私は叫んだ。



風さん、大好きです



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