風シリーズ

□こんな終わりかた
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ばいばい、風さん






――――…彼女の言葉からどのくらいの時間が経っただろう。空はとうに深い藍色に染まり相変わらず散らかったままの部屋の中を満月の光が照らしている。そんな部屋の床に座り込み、壁に背を預けて暗い玄関の扉をぼーっと見つめていた。いつ開く…いや、開くはずのないその扉を見ながら彼女が戻って来てもいい様に掃除をしなければ、と思うけれど体が動かない。頭に浮かぶのは最後に見た彼女の後ろ姿と涙声で語られた言葉。きっと正面から見たらいつもピンク色に染まる柔らかい彼女の両頬には涙が伝っていただろう。


ザンザスとの婚約話が持ち上がった時、奪われると言う焦燥感から随分と酷い言葉を彼女に言ったりもした。けれど彼女は一度たりとも泣かなかった。涙を見せた事がなかった。それ所か私を責める事もせず、ただ悲しそうに笑っていた。そんな時でも彼女は別れ際には またね、と笑顔で手を振ってくれたのを思い出す。彼女の別れの挨拶はいつも またね、だった。笑顔で振られる小さな手と共に紡がれる言葉はいつも再会の言葉。
涙を堪えた震える声で紡がれた言葉。冷たいコンクリートに落ちる彼女の温かい涙が終わりだと私に告げていた。


「なんだ。いるなら灯くらいつけやがれ」


立てた片膝に額を乗せて彼女の事を考えていた思考は、聞き慣れた声と口調によって遮断される。うっすらと閉じていた目を開けてみるも顔を上げなくても誰かは解る。


「リボーン、ですか…」

「ちゃおっす」


彼独特の挨拶に返事をする気力もなく私はただ黙る。


「…随分弱ってんな」


黙る私を見てただそれだけ言うと彼は私の隣に腰を降ろした。何も喋らず、何も語らず…これが彼なりの優しさであり慰め方だと思い出して少しだけ口元が緩んだ。


「久し振りに刹那と会って派手な喧嘩でもしたか?」


あいつ部屋に引き籠もって出て来ねぇんだ、と続けた彼の言葉に疑問を抱いた。


「久し振り…?」

「二週間振りくらいだろ?」

「…」


そう言われれば彼の言う通りかもしれない。ここ数ヶ月、マフィア絡みのきな臭い仕事に追われて忙しかったのは事実だが、彼女に言った様に連日、と言う訳でもない。忙しいのを言い訳に彼女に会わなかっただけだ。そして何処かで過信していたのだろう、会わなくても彼女は私を好きでいてくれる、と。
そう言えば最後にキスをしたのはどのくらい前だっただろう。最後に手を繋いだのは?今日は彼女に触れた?…いいや、今日は一度も触れなかった。


「…ははッ、」


笑うしかない。いや笑うしか出来ない。仕事を理由に会う事も触れる事もしないで、過信し過ぎた故に彼女に冷たく当たっていた。自分の行動を思い返せば浮気をしているんじゃないかと疑われて当然だ。ましてや以前に付き合っていた男に浮気されていたのなら余計に疑うのも自然な事。彼女はただ不安で寂しかっただけなんだ。そんな思いをさせて、尚且つ冷たく当たって悲しい思いをさせて最後に泣かせてしまった。


「最低ですね…」


思えば何度も彼女は私に言おうとしていたじゃないか。その度に面倒な事や疲れる事になるのはごめんだ、と溜め息を吐いてばかりで彼女の抱えた気持ちを聞いてあげる事もせずに何が恋人だ。見限られて当たり前。


「リボーン、」

「…」

「もう…遅いでしょうか」

「さぁな…女心は変わりやすいからな」


あの別れ際、落ちる涙と一緒に一言だけでも私を責める言葉を言ってくれたなら貴女がどんな思いを抱えていたか気付いたのに。
気付いた?そうじゃない、ずっと前から気付いていたのに知らない振りをしていたんです。


「…今ならまだ間に合うかもな」


そう言って彼が私の手の中に置いたのは彼女は白、私は黒の、色違いでお揃いの携帯電話。彼は私の肩を軽く叩くと窓から出て行く。握り締めた携帯を開けば大好きな彼女の笑顔。許して貰えるなんて思ってはいないけれど、ほんの僅かな期待を込めて彼女に電話をする。耳元で鳴り響くはずのコール音は一度たりとも鳴らず、聞こえるのは電源が入っていない事を告げる機械的な声。


「はッ…、」


手の中から滑り落ちた携帯はかたん、と音を立てて床へと衝突する。片手で両目を塞ぐ。つい数時間前彼女が流した涙と同じ様に、私の頬を流れる涙が床へ水滴を落とす。そして今更ながらに後悔する。







こんな終わりかた
(望んでなどいなかった彼女との別れ)



失う事はなんて簡単なのだろう。流れる涙が止まらない。考えた事もなかった。何よりも大切な彼女を失う日が来るだなんて。
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