風シリーズ

□あと一文字
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「刹那さん」

『ん?何ですか?』

「えと…あ、の…す、」

『す?』


ブランコを軽く動かしながら公園内を走り回る弟子とその友人、そしてボンゴレ10代目を見守る彼女に言おうとした私の気持ち。好き、と一言伝えれば良いだけなのにあと一文字が言えない。目の前で目を丸くして首を傾げる彼女を見るとどうしようもなくこの腕の中に閉じ込めたい衝動に駆られるのに、そのたった一文字がどうしても言えずに早数ヶ月。


『す、…何ですか?』

「いえ…お気になさらず…」













「バカかお前は」


自宅の机に突っ伏した私に同胞の容赦無い一言がぐさり、と突き刺さる。その言葉に解ってます私が一番よく解ってますと、溜め息と共に力無くそう言えば同胞も溜め息を吐く。


「お前、肝心な一言が言えねぇでこの先どうすんだ。ヘタレもいい加減にしろ」

「もうヘタレでいいです。会って話が出来て笑顔が見れるだけで十分です」

「開き直ってんじゃねぇ」

「う"ッ…」


ドカッと効果音と共に背中に強烈な痛みを覚える。どうやら蹴られたらしい。でもどうしようもない、好きと言えないのだから。


「もっと押して押して押しまくれ。そうすりゃ女なんてすぐ落ちる。俺が言うんだから間違いねぇ」

「あのですね、百戦錬磨の貴方と私を一緒にしないで下さい」

「んじゃ諦めて刹那が他の男のモンになるのを黙って見てろ」

「そんな恐ろしい…」

「じゃあさっさと告れ」


それが出来たら苦労はしない。大体貴方と違って私は女性に愛を囁くだなんて簡単には出来ません。だけどそんな彼が今は羨ましく思えたりしてしまうのもまた事実。


「好きです…って言えません。刹那さんを前にして言えません」

「なら風がお前の事押し倒したいくらい好きだって言ってたって俺から伝えてやる」

「あの…そんな事伝えられたら嫌われます。私が」

「…ったく…武道に関しちゃ達人の癖に恋愛に関しては初心者並だな」

「はぁ…」


何度目か解らない溜め息を吐くと、いい加減うぜぇぞ、と再び背中を蹴られる。好き、と言葉にするのは簡単。でも何故彼女を前にすると言えなくなってしまうのか。恥ずかしさ、は確かにあるけれど、それ以上に勝っているものがある。


「怖い、んです」


好きだと伝えて断られたら、彼女に拒絶されたらどうしたらいいのだろう。きっともう会える事もなくなるだろうし、何よりもあの大輪の花が咲く様な笑顔が見られなくなるのは辛い。かと言って彼女を他の男に渡すつもりなんてこれっぽっちもないし、自分だけのものにしたいと言う欲もある。


「臆病だな」

「本当、その通りですね…」

「フラれるのが怖いくらいなら最初から好きになるんじゃねぇヘタレが」

「すみません」


こんな風に私がぐだぐたと悩んでいる間に誰かが彼女に告白して恋人が出来てしまったら…と考えて顔がサーッと青くなる。


「そんな事になったらどうしましょうか…」

「…ちっ…煮え切らねぇ奴だな」


最悪の事態を想像して泣きそうになる私に、彼はわざとらしく舌打ちをすると愛用の銃を私の額に突き付ける。ひやり、とした鉄の感触に体を強張らせると彼は大きな声でバンッと叫んだ。


「さっさと告ってこい。今すぐだ。告ってこねぇならお前を撃ち殺す」


告白しないなら殺すだなんて何とも恐ろしい同胞だ。そして何て勝手な人だ。追い出される様に自宅から蹴り出され、高鳴る心臓を押さえながらいつもの公園へ向かう。公園へ着けばやっぱり彼女はいた。
けれど今日はイーピンや友人の姿は見えない。風邪でも引いたのだろうか、と思っていると彼女が私に気付き、ブランコから飛び降りると走って私へと近付いてきた。


『こんにちは』


今日は来ないのかと思ってました。笑顔でそう言った彼女に何て返したら良いのやら…赤くなる顔を隠しつつ、今日はイーピン達はいないのかと尋ねればもう帰りました、と返ってくる。


『風さんが来るの、待ってたんです』

「何故…私を?」

『んー…どうしても伝えたい事があったから?』


赤い顔をして笑う彼女を見てどうしようもなく抱き締めたくなり思わず両腕を伸ばす。ほんの数秒の間に彼女の小さな体は私の両腕の中。今なら、今なら言えそうです。


「刹那さん、」


小さな体をぎゅっと抱いたまま、ずっと言えずにいた最後の一文字まで言い切ると、彼女は私の顔を見上げて恥ずかしそうに言った。


『私もです』









あと一文字
(貴女が好きです、の"き"。言いたくて伝えたくて仕方なかった最後の一文字)



彼女の返事に心の中でガッツポーズをとったのは言う間でもない。
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