風シリーズ
□触れた頬の温もり
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ピッ、ピッ、ピッ…、と、心臓の動きを知らせる規則的な音が響く、深夜の並盛病院。未だに意識の戻らない風の護衛の為に、俺は病室に向かう為に深夜の病院の廊下を歩く。あれから何日が経ったのだろう、と考えながら歩いていると、薄暗い廊下の先、風の病室の前に小さな人影を見つけた。身構えて先へと進み、段々と人影との距離が短くなるにつれて、その人影が誰なのかはっきりと解った。
「刹那…?」
廊下に備え付けられた椅子の上で、膝を抱えてうずくまっていた刹那は、俺の声に顔を上げると、泣き腫らした真っ赤な瞳で俺を見る。
『ディーノさん…?』
「あぁ、」
『こんな時間にどうしたの?』
「一応、護衛でな。それよりもお前、酷ェ顔してるぜ」
一体どれだけ泣き続けているんだ、と聞こうと思ったが、聞く必要はない。風がここに運ばれてからずっとだ。この様子じゃ、家にも帰っていないんだろう。ずっとここに居て、ちゃんと飯は食ってるのか、ちゃんと寝ているのか…俺はそっちのほうが心配だ。俺は刹那の隣に腰を下ろして刹那の頭に手を置く。
「刹那。しばらく俺がここにいっから、一度家に帰って休んでこい」
『いや…』
「刹那、」
『帰ってる間になにかあったら…?』
抱えたままの膝を更にぎゅっ、と抱えて、またうずくまる。そんな刹那の頭を撫でる俺。いつになったら意識が戻るのか解らない、待つだけしか出来ない刹那は不安なんだろう。
『ディーノさん、』
「なんだ?」
『私ね、本当はこうなるって解ってたの』
多分、ツナも同じ。超直感ってやつ…、そうぽつり、ぽつりと、小さく話し始める刹那の言葉に耳を傾ける。
『でもね、止めなかった。いつかと同じように風さんと揉めるのが嫌だったの。でも、今は後悔してる』
誰にも話せなかったであろう気持ちを、少しずつ、ゆっくりと刹那は俺に話す。俺に話すことで刹那の気持ちが少しでも楽になるなら、幾らでも聞いてやる。
『私の、せいだっ…』
「お前のせいじゃねぇ」
『私がっ…ちゃんと引き止めてたら…っ』
震える声を聞いて、刹那は本気で風が好きなんだ、と感じる。同時に俺の胸はずきずきと痛んだ。当然だ。諦めたつもりで、俺はまだ刹那に惚れてる。
惚れた女が目の前で別の男を想って泣くのなんて、ドラマや映画の中だけの話だと思っていた。堪らなくなって俺は刹那を抱き締めた。こんな時だ、お前の代わりに抱き締めたってバチは当たらないだろ?…なぁ、風。俺はお前が羨ましいよ。刹那に、こんなにも想われてるお前が、羨ましくて仕方ねぇ。なのに、なんでお前はいつまでも起きねぇんだよ。刹那、泣いてるんだぞ?なにやってんだよお前。
「聞け」
刹那に、じゃない。俺は風にそう言う。嫉妬深いお前がこれを聞いても起きねぇってなら、俺が刹那をもらっちまうぞ。
「俺は刹那が好きだ」
『!』
「刹那が、風と出会うずっと前からだ。だからお前達が付き合い始めたって聞いた時はすっげぇ悔しかった。冗談抜きで三日三晩泣き通したぜ。今の刹那みたいにな」
『ディーノさ、』
「でも諦めるしかねぇよ。俺がどれだけ刹那を好きでも、刹那が好きなのは風だけだ。横から邪魔しようとも思ってねぇ。でもよ…これを聞いてもまだ起きねぇってなら、今すぐ刹那を連れてイタリアに戻っちまうぞ!!」
深夜の病院だってのに俺は構わず叫んだ。刹那も気付いたみたいだ。俺が刹那じゃなく、風に話してたってことに。腕の中で顔を真っ赤にしてる刹那を、ぎゅっ、と強く抱き締めたら、ふらり…、視界の端に人影が現れた。
「出来るものならやってみなさい」
声の主は俺を刹那から引き剥がして、俺を椅子から蹴り落とすと、驚く刹那の両頬をその両手で包んだ。
「浮気はダメですよ、刹那さん」
優しい声で、いつもと同じ笑顔で、そう言った男を見て、刹那の涙がそいつの手を伝って床に零れ落ちた。頬にあてられた手を、刹那は強く握ると強く頷いた。
『風さんっ…』
触れた頬の温もり
(もう泣かないで、何処にも行かないから)
『おかえりなさいっ…』
「ただいま、刹那さん」
やっぱりアルコバレーノは不死身だな、と安心すると同時に、俺の目から涙が溢れた。失恋の感傷に浸るも束の間、刹那が風に飛びつくと、風は小さな呻きを上げて倒れた。
(風さん!?)
(き、傷がっ…)
(ナースコール!ディーノさん、ナースコール!!)
(無茶しやがって…)