だからオーバーユースされてんだよ。

秋丸にそう言われた時、正直ピンとこなかった。
なにいってんだコイツと思った。
俺は当時横文字が肌にあわず(かといって、縦文字や数字と相性がいいというわけではない)英語教師のいうことを半分も理解できてなかった。
なぜだか英語の授業は午後の眠たくなる時間帯に集中していたし、窓際の最後尾という座席配置も災いしていただろう。

「誰が?」

「お前が!」

「されてねー」

「されてるよ!」

今日のこいつは口うるさい。
小学生の頃、空き地で打ったホームランボールが雷親父の家の窓ガラスを突き破ったことがあったなぁと、思い出してしまうくらいに。

「聞いてんの?!」

「なぁ!」

机に叩きつけられた拳を怯ませる勢いで立ち上がる。

「で、オーバーユースってなに?」

秋丸が深いため息をついている。
なんだよ。心外だ。

散々馬鹿にされて流石にムカついた俺は、将来のためにも、野球用語くらいは頭に入れようと本を開いた。
図書館なんてものにも久しぶりに行ってしまった。
小学生の読書感想文の課題図書を借りたのが最後だった気がする。
図書館なんていつもは視界にすら入んねー。俺には必要ねーからな。

本を片手に部室のドアを開ける。

「おっ」

早いな榛名。

「ちわっ」

相手の言葉をみなまで聞かず、きびすを返した。

「ちょ、おい!」

良く通る低い声が頭上で吠える。

なんですか監督。

「なにも逃げなくてもいいだろ」

開けたドアの隙間から吹き込んだ秋風に促されるように振り返ると、予想以上の至近距離に顔があったので苛立った。

真剣を装った表情の裏にどんな考えがあるのかなんて想像もつかない。
すげー嫌だった。
いらいらした。

ドアは引かれて鍵がかけられる。
そうして外界と遮断されてしまうのだ。


野球はプロになるためにやっている。
物心ついた頃にはもうグローブが家にあったし、ボールを握っていることが自然だった。
強いてきっけを探すならどうだろう。
「父親と息子=キャッチボール」という安易な発想の下、休日になるたび連れ出してくれた父親のおかげだったかもしれない。
父親とのキャッチボール時代を経て、小学校に上がってチームに入ってからはどっぷり野球に漬かった。平日は近所の空き地に集まって、休日は朝から練習やら試合やらで野球をしない日なんてほとんどなかった。
それでも足りない。
投げても投げても足りない。
逆に、投げれば投げるほど足りなくなっていくような気すらする。
あまりに枯渇するのに耐えきれず、庭にライトをつけて日が沈んでからも投げられるようにしていた。しかし、暗闇にコントロールが乱れて(もともと器用にできるほうではないが)姉のお気に入りの自転車を破損してしまってから夜はやめた。
俺だって命は惜しいからだ。というか命がなきゃプロになれねぇぞ。殺す気か凶暴オンナめ。
まぁそんなこんなで小学生時代を経て、もうほとんど必然的に「野球部」への入部を決めたのだ。

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