短編

□雨の日
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バス特有の振動に身をまかせていた。
何ともなしに眺めていた薄暗い風景に水滴が入り込んできたのは出発して間もなくのことであった。

(降ってきたな)

全力で走れば五分でいけるか。
停留所から自宅までの最短ルートをシミュレーションしながら、窓ガラスに映る横顔に眼を向ける。
大学卒業後、粘りに粘ってなんとか手に入れた教員の仕事もなかなかハードなもので、それに加えての監督という責任ある立場は正直きつかった。
その疲労感を自覚せざるを得ない表情にげんなりする。

「ありがとうございます」
スーツは走りにくいんだよなーと懸念しつつ定期を内ポケットにしまい、車外へ足を踏み出す。

降り注ぐ水滴の威力は予想より遥かに微々たるものだった。
というか、まったく感覚がない。

「あれ?」
頭上を仰ぎ見ると紺色の傘が広がっていた。

「呂佳」
「……傘持ってってねぇみたいだったから」
視線を戻すと、帰宅後すぐに出てきたのかスーツの上着だけ置いたワイシャツとネクタイ姿で呂佳が立っていた。

伸ばしている手から傘を受け取り隣に並ぶ。

「……珍しいな」
「そうか?いつも来てもらってるしな」
「そうだっけ?」

そういや先週の夕立ちでは迎えに行ったか。その前も。……その前も、か。
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