白虎小説

□流し目プレイ☆(前半)
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 神子殿が竜神の招来に遭い、この世界に降り立たれたとき、彼女の持ち物は小さな蒸栗色の鞄のみであった。
 獣の革をなめしたものだというが、そのわりには獣革にありがちな臭みがまるでない上、縫い目も異様なほどに性格である。細部に取り付けられている金具の精巧さも私を驚嘆させた。いかなる防腐処置を施しているのか神子殿に問うたところ、『あ……作り方とかはわたしもわかんないやー。とりあえず合皮だから絶対腐らないですよ、心配ないです』と仰せになった。獣革をこのように美しく仕上げられれば、京の更なる発展に役立つことであろう。私はこのゴウヒという革の製造・加工技術を知りたいと思ったが、神子殿もご存じない様子であるので、仕方なく諦めた。
 暇そうにしていたイノリを捕まえて見せてみたところ、『こんなん、俺のお師匠さん――ああ、俺の師匠、刀鍛冶の腕じゃ、京に並び立つものはいねぇって謡われるくらいの達人なんだけとよ――でも、作れやしねえよ。このへんの彫金とか、こんな細かい金具の研磨なんて、米粒に仏さんの彫り物するとか、神がかってるくらい手先の器用な細工師じゃなきゃできないぜ』と言われた。
 性質や特性について討議を重ねているうちに、好奇心を押さえられなくなったのだろう。
 イノリは私の手から神子殿の鞄を奪い取り、掲げたり、さかさにしたり、内容物を放り出して内部の形状を確認してみたりしはじめた。玩具を与えた赤子さながらのはしゃぎようは可愛らしいが、乱暴に扱って壊れてしまっては元も子もない。これは神子殿の唯一の持ち物で、更に、神子殿の世界にしかないものなのだから。
「きゃー!
 イノリ君、なにしてるの! 勝手に中身見ないでよう!」
 イノリをたしなめようと口を開きかけたとき、縁側で悲鳴が爆ぜた。
 振り返るとそこには天真殿と詩紋殿を引き連れた神子殿が立っている――と思ったのもつかの間、彼女は大股でイノリの元に歩み寄り、鞄をひったくってしまった。
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