屠 殺
□凍るような影
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今は夏だとゆうのに、事務所は空調をきかせすぎて寒いくらいで、目の前の男はその風に当てられたのか酷く冷たくて、外では花火が上がっていて、凄く楽しい筈だったのに、あたしの目からは涙が零れ落ちそうだった。
「もう何も喋るな、耳障りだ。」
ネウロは吐き捨てるようにそう言うとあたしを殴る事もせずに背を向けた。
ネウロに殴られる事が唯一あたしに触れる行為であったし、あたしを卑下するという事は、あたしの事を考えてくれる瞬間であったのに、ネウロは、今、背を向けたのだ。
「ネウロ…ごめんなさい、謝る、から、」
「黙れ、ゴミ以下。」
涙と嗚咽と吐き気が上がってきて、それ以上話せなかった。
時計の針と花火の散る音だけが事務所に響いている。それすらネウロの神経を逆撫でするようで、珍しくネウロが舌打ちをした。
あたしはただただ泣きじゃくって、事務所の床にしゃがみ込んで花火が上がる音を聞いた。着ていた浴衣が崩れるのも気にならなかった。
どうしてこんな事になってしまったのだろう。
ネウロが、あたしを女として見ていなくて、そんな事どうでもよくって、ネウロが好きで、でも今日刑事さんに告白されて、返事をする前にキスされた。ネウロが見ていたのは知ってた。だけどネウロもそんな事はどうでもいいと思ってた。
なのにいきなりこんな風に怒るのは、狡い。
こんな風に拒否するなんて、狡い。
(あたしだけが汚い女に仕立て上げられてしまった)
「どう、して?どうしてそんな事、言う、の…?」
「…玩具を取られて、喜ぶ子供がどこに居る?」
(ああ、そうか)
あたしはネウロから見て女じゃないけれど、ネウロも男なんかではないのだ。
あたしは玩具で、ネウロは子供。
玩具を取られて駄々をこねる、ただの子供なのだ。
「素敵ね。」
あたし達は男と女じゃない。浅はかな幼児と、その所有物。
そんな関係はとても素敵だと思った。
あたしが可愛がられるのも、壊されるのも、ネウロ次第。あたしはただ、ネウロの手の中に居ればいい。
「とても素敵だわ。」
何時の間にか花火は止んでいて、あたしの涙も止まっていた。
顔を上げて微笑むと、ネウロはようやくあたしを見下げた。
事務所の安い蛍光灯がネウロを照らしている。
そして座り込むあたしの上に落ちる影が全て溶け出して、あたしを侵せばいいと思った。
今あたしはネウロの闇に包まれている。
空調に当てられた床が、冷たくあたしの体温を奪った。
(夏なのに降り積もった雪の上に居るようで、それが酷く心地良いのだ)
(ネウロの、温度のようで)
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