tale

□The Weird War
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――運が悪かったとしか、いいようがない。

「やあこんにちは、こんな場所で会うとは奇遇だね。スタースクリーム」

「…」

客の心理を浮足立たせ、利益へ貢献させるために流されている軽快な曲と、がやがやと騒がしい人の声が混ざり合う店内。なぜ目当てのものへ近づく時に奴らはあれ程声を張り上げるのだろう。威嚇?市街戦の訓練の一種だろうか。

人の波に流されつつ、少しずつ確実に人口密度の低い方へ低い方へと移動していたスタースクリームは、空気中に匂った水っぽさと生臭さに目線を上げた。両開きの大きな白い扉と、慌ただしく出入りする白服の店員達の姿に、搬送口の近くまで来ていたことを知った。しまった、目的のものがあるのは青果コーナーだというのに、ここからでは方向が真逆ではないか。

ざわめきの向こうからカランカランと打ち鳴らされる鐘の音と、タイムセールを叫ぶ声。大勢の人間が移動する際に特有の、熱気を伴った気配に辟易する。

いっそもう、帰ってしまおうか。だいたい夕飯の買い出しなど、サンダークラッカー辺りにやらせておけばよいものを、何故わざわざこの俺が出向かなければならない。どうしてこうも、適材適所の逆を突く指令ばかりなのだ。

指定がなかったので適当に籠に放り込んだ卵1パック(赤玉Mサイズ)が、人にぶつかる度に不穏な音を立てる。割れたら買わないからな、と心中で同期のジェットに理不尽極まりない報告をし、再び混雑し始めた店内の人混みを掻き分け前に進んだ。あくまでも食材ゲットのためではなく息苦しさと見ず知らずの他人に触れられる不快感を軽減させるために。

―――もういい、この人混みが切れたら帰る

決意した、その時だった。喧騒の中でも良く通る、深く落ち着いた声で名を呼ばれたのは。振り返った先に見えた赤と青のファイヤーペイントに、一瞬意識が遠のいた。

「………オプティマス・プライム…」

「買い出しかな?君がこんな場所にいるとは珍しい」

何故だ。日頃の行いが悪いのか。一体何がどうして司令官だ。買い物客賑わうスーパーで、よりにもよって何故会ってしまったのが先日ドンパチやらかしたばかりの敵方の総司令官。

「…貴様には関係無い」


闘神のごとき苛烈さ、賢者のように理知的に輝く瞳を持ったその姿は、我々からは畏怖をあちら側からは尊敬を込めて呼ばれるのだ、オプティマス・プライムと。だからそんな殺気剥き出しで返り油浴びてる姿しか見たこと無い奴にいかにも「休日のお父さん」みたいなのほほんとした顔で話しかけられても困る。嫌だそんなの見たくなかった。帰りたくなるから止めてくれ。

「卵だけ?お買い得の品はまだまだあるのに」

「勝手に覗くな!大きなお世話だ、俺はもう帰る」

「あ、スター…」

ちらと覗いたオプティマスの買い物籠はこの店内のように混み合っていた。満員御礼で野菜や肉が犇めいている。

「旨いんだよ、これが」

にこりと笑って酒瓶を抜き出すと、一本差し出された。

「いらんわ!」

「そうか?メガトロンもきっと気に入ると思うんだが…」

「こんな三流以下の売り物しか置いてないような場所の安酒など飲めるか!舌が腐る!」

「なに?君のボディはそんなに腐食しやすいのか。その体で、よくディセプティコンの航空参謀なんてやっていられるな、スタースクリーム」

「今のはものの例えだ論点をずらすんじゃない…!」

だいたい護衛も付けずに何を…

と、ツッコミをいれようとして気がついた。そもそもこいつと話しをする気なんて無かったし、論点がずれようが脈絡がなかろうがそんなもの放っておいてさっさと帰ればいいのだ。それにこの男からは人の話を聞かずに突っ走る、はた迷惑な人種特有の雰囲気をビシバシ感じる。直感に従い、早く帰った方が賢明だろう。それに今日は、厄介な連れもいることだし…

「そんなに警戒しなくてもいいじゃないか、スタースクリーム?心配せずとも土日はオフだからね。殲滅なんてしないよ」



殲滅?


なんだそれは、つまり、オンだったら殺してたのか俺を。だいたいなんだ土日は休みって公務員か。プライムの仕事は週休5日制なのか。というか俺にはオンオフ無いんだがだったら攻撃してもいいのかしたら反撃するんだろうが絶対。

脳内で大量の言葉が渦巻いたが、千切られた腕が酷く痛んだのを思い出し胸中に留める。怖いわけじゃない、今はその時じゃないだけだ、いいんだ時には臆病者の方が生き残るんだから少し涙腺が緩んだのは昨日の整備で手抜きしたからだそうに決まってる…!

「…帰る」

「おや。スタースクリーム、君泣いて…」

「ない!気のせいだ目の錯覚だ蜃気楼だ!」

屋内で蜃気楼?首を傾げるオプティマスを捨て置き、一刻も早くここから逃げるべく人混みに向かう。先まで毛嫌いしていた有象無象の群れが価値あるもののように見えた。もういい、この際、些細な障害物はどうでもいいからあのボケ老人連れてさっさと帰りたい。帰ろう。

「スタースクリーム!こんな所におったのか」

ウィイインと鈍く響く、電動車椅子の低い稼動音。それと同時に耳に届いた、この場に新たな厄介事が現れたことを告げる、しゃがれた声。

…そうか、今か。よりにもよって今来るか。

嘘だろう。

「見ろこの食玩『幽雅な銀食器シリーズ』のクオリティの高さを!これはフルコンプせねばこのフォールンの名が廃るというもの!」

いっそ廃ってしまえそんな名前。アンタに車椅子生活を課した張本人の前にみすみす出て来るような間抜けの名前なんて今すぐ捨て去ってしまえ。もう嫌だ。レジに通す前に開封するなと何度言えばわかるんだこの痴呆老人め。ああ嫌だ…またメガトロンに踏まれる。

「やあ、フォールン。貴方もいたのか」

「んむ?若きプライムか」

「わざわざ貴方が、買い物に?」

「いやいや、今日はたまたまじゃ。船内に篭ってばかりでは気が滅入るでの」

「それはそれは、お大事に」

「かっかっか、なに、この程度ならエネルゴン無しでも自己再生システムで事足りるわ」

「ほう、それはまた大した化け物ですな」

「まだ若いものには負けんぞ!」

「はは、そろそろ自重してはいかがです」

何を長閑に話を…いや、長閑か…?

これも、オフだからか。オフ効果なのか。あの爺はもうボケているから仕方ないとして、なんでオプティマスはそれに付き合っている。素か?『お大事に』もなにもアレの片足もいで膝の皿砕いたのはお前だ。確かにそんな外傷も寝てれば治るあの爺は化け物だが、追い込んだ時のお前も充分外道だったぞ。

「オイルに天ぷら油を使っているという噂は本当ですかな…?」

「むっふっふ。企業秘密じゃ」

「それは残念。ああ、如何ですかこの錆落とし。ご入り用でしょう」

「ほほ、わしはまだどこも錆ついてはおらんよ、若きプライム」

「それは失礼」

「………フォールン様を見ると口が悪くなるのは休日でも変わらないのか…」

「なにか言ったかなゾウリムシ」

「いいえなんでもないです」

…今のところフォールン様への攻撃は厭味だけだ、フォールン様がそれにこたえている様子もないから大丈夫…だろうか。大丈夫だよな。俺メガトロンに怒られないよな。だって俺は悪くない。今回は本当に俺のせいじゃない。

「口の悪さは二のプライム似じゃな…」

「何千世代も離れていますからそれは無いでしょうが、初代プライム達の話には興味がありますね。話してください」

「偉そうに」

「私の意思とは関係無く、プライムとは権力と責任を有するものだ。あまり騒がしいと私の腕が滑ってアッパーカットを決めてしまうかもしれないから黙っていてくれないか、ゾウリームシ?

先ほど『二のプライム』とおっしゃいましたが、初代プライム達はそのように呼び合っていたのですか?」

「いいやわしの記憶に曖昧な箇所があったのでな、いわゆる仮称じゃ」

「成る程。末期ですな」


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