tale

□ロイヤルミルクティの喪失
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いつの頃からか、目覚めると枕元にペットボトルが置かれているようになった。

ひりひりと痛む喉の渇きを癒そうと口にしたその飲み物は、脳が痺れるように甘かった。









ロイヤルミルクティの喪失











疲労と痛みと乾きの中で目覚めることに慣れきって尚、自分という道具の主人が室内にとどまっていた例(ためし)は一度もなかった。

与えられた飲料は、この辺境の地でどうやって手に入れたのか、見るたびにパッケージの色が違っていて、それぞれが大量生産された嗜好品であることがわかる。入手経路に興味をそそられたことはなかったが、自分の知らぬ秘密の大倉庫に、これらがずらりと陳列されている様を夢想するのは楽しかった。

甘い物を口にするにしては、喉が訴える水分の失調は些か度を越しているように思えた。唾液の枯渇により飲むこともできないそれは、しかし間違いなく自分に残されたものであったから、仕方なしに自室に持ち帰る。

ろくに数えもしていなかったそれは、ふと気づくと1ダース半になっていた。

無造作に、しかし転がしておくことは憚られたため床に立てて並べられたそれらは少しずつだが確実に数を増やしていく。

これはいったい、なんなのだろう。

あの行為の報酬なのか、温情なのか、次々と湧いて出る期待と絶望が砂糖の粒のように溶けて体の中に溜まっていく。いつかは、これらのように、とても飲めたものではない濃度になってしまうのだろう。そして捨てられるのだ。






この場所を取るだけの群体を、自分が捨てられないのは、必ずやってくる終わりに脅える自分の姿と重ねあわせているからだ。

それを自覚する契機となったのは、ある何気ない衝動だった。

なんということはない。部屋の中、派手派手しい外装の中で唯一真っ白に蛍光灯の光を跳ね返すキャップに、薄っすらと埃が積もっているのを見つけたのだ。

部屋の汚れを気にする性質ではないというのに、何故かその後、他の何事もできないほど必死になって全ての容器を拭きまくる自分がいた。

十何本のボトルの汚れを一心不乱に拭い去った頃には、体は僅かに汗ばみ、喉がカラカラに乾いていた。

あの衝動の正体はわからないが、賜り物に対する自分の執着心に気づく分には充分だった。

滑稽だなと。そう思いはしたが、以降、埃よけとした布を欠かしたことはない。



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