Present

□相互記念。夜狐さまへ。
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これは内緒のお話だからね?小さな口元に白魚のような指を添え、微笑む彼女の瞳は作り物のように澄んでいて、悪戯っ子そっくりに輝いていた。































ナビゲーターかく語りき
































「今はすっかり面影が無くなっちゃったけど、昔のメガちゃんはそれはもう天使のように愛らしかったの」

ナビ子ちゃんの言葉に一同はどよめいた。あのメガトロンが…天使!?そんなまさか。加齢臭と腋臭と水虫の多重苦を抱えるあのオッサンが、そんな麗しいものであった筈が無い。言葉にせずとも、皆の心は一つであった。

「ちなみにこれが当時の写真でっす」

ハイ、と手渡された写真には、なるほど一人の人物が写っていた。若々しい、というよりまだ少年の域を出ない年頃であろうその「誰か」は、カメラを持つ誰かに向かって上品に笑んでいる。

ちょっとおいでと手招き一つ、呼び寄せられた彼らがその写真を一目見た瞬間に理解できたのは、過去から切り取られたその笑顔が、愛する者に向ける類のものであったこと。

そして次に理解したのは、その「誰か」が類い稀なく美しいということだった。

「…ナビ子ちゃん?」

「なーに?」

呼吸さえ忘れてしまったかのように、微動だにせずその写真を凝視していた肩が震え始めた。微笑むナビ子ちゃんと写真を交互に見る、デストロン副指揮官の眉は情けなく垂れ下がっている。

「コ、コレ…女の子なんですけど?」

よくぞ聞いてくれました、とナビ子ちゃんは笑みを一層深いものにした。首を傾げ、硬直し、はたまた赤面している3人それぞれの反応を楽しむように。

「そうよ…あの頃のメガちゃんは女の子と見紛うばかりに可愛らしかったわ。肌は雪花石膏(アラバスター)のように滑らかで白く透き通り、小さくて赤い唇は薔薇のよう、柳のようにしなやかに伸びた手足は細いのに力強くて、不埒な輩を相手にすればもう斬った張ったの大立ち回り!凛として華やかで笑うととっても愛らしくて、いろーんな人にモテたのよ…」

昔を懐かしみ、うっとりと呟くナビ子ちゃんに、3対の瞳が驚愕の眼差しを向けていた。確かにあの人は綺麗だけど…と思ったのはメガトロンの数少ない忠臣、スコルポスだ。つかコレ骨格違うんですけど。これマジで男?てかメガトロン様?え?

下手の考え休むに似たりとはまさにこのことだった。考えれば考える程、ミキサーにかけられたような思考の渦は加速度的に速度を増していく。だってそんなの、思ってもみなかったのだ。いつだってあの人は聡明で男らしくてやること成すこと無茶苦茶で、尊敬と憧れの対象でありこそすれ、可憐だなんて。可愛いだなんて。そんな形容詞、頭の隅にも浮かばなかったんだから。

えぇだってでもそんな。大混乱のスコルポスの心中に、端的かつ的確な言葉をザクリと刺したのは、眉間にグランドキャニオンばりの深い皺を刻んだテラザウラーだった。

「嘘ザンス」

…嘘?

愛くるしい笑顔のままで、ナビ子ちゃんが小首を傾げる。

「みんなに嘘なんて言わないわ」

私を疑うの?

あくまで笑みを崩さない彼女はどこまでも穏やかな雰囲気を絶やすことなくその姿を見たところで疑念や恐怖を抱く余地など微塵も無かったが、それでもテラザウラーは喉元まで出かかった次の句を180度転回する他無かった。自分だって、馬鹿じゃない。何が恐ろしくて触れていけないものとは何なのか、少なくともこいつら馬鹿二人よりは知ってるつもりだった。

「…例え事実だったところで、とても信じられる話じゃ無いザンスッ!だいたい何故こんな可愛いのがあんっなむさ苦しいオッサンに…!詐欺ザンス!悪質な詐欺師ザンスーッ!」

さぎし。硬いゼラチンのように変質してしまった空気の中で、するりと耳に飛び込んできたのはそんな単語だった。

…あぁ詐欺師って、似合うなぁ。大分間を置いて、少年メガトロンの衝撃からこちらの世界に戻ってきたのはワスピーターだ。口に含んでいたロリポップを再び舐め舐め、時間ってなんて怖いんだろと砂糖臭い溜め息を吐いた。

「事実は小説より奇なりってまさにこの事よね☆」

てへっと舌を出しおどけてみせるナビ子ちゃんには、ペ○ちゃんを遥かに凌ぐ愛嬌があった。たやすく○コちゃんを超えてみせたデストロンのナビゲーションシステムは、ふふっと柔らかな微笑みを浮かべ…スコルポス、テラザウラー、ワスピーターの3人を見つめた。これから、彼女が語ろうとした話が始まる。彼女と破壊大帝しか知らないような物語が始まるのだ。

「ゴールデンディスクを覚えているでしょう?母星の…サイバトロンの保管庫から奪ったあのディスクよ」

こくり、と聞き手に回ったスコルポスが頷いた。忘れはしない。あのディスクを奪う為に俺達は綿密な計画を練り実行に移し逃走した挙げ句、この辺鄙な星にたどり着いたのだ。忘れるものか。

「知っての通り、メガちゃんはあの計画に並々ならぬ熱意を注いでいたわ。だから必ず侵入や逃走用の経路を自分の足で一度は確認していたの。といってもサイバトロンの居住区に一人で潜入するような無茶な真似、やってたのは彼がまだまだ若い頃だけだったけどね」

――若い頃。その単語に逸早く反応したのはテラザウラーだ。今の話の流れから言えばきっとおそらく何とは無しに、自分は嫌な事実を知ってしまうのではないかという予感がした。

「…何度も言うけど、メガちゃんはとっても可愛かったのよ?」

うへぇ、とワスピーターは思い切り眉を顰めた。お気に入りの飴が溶けきってしまったのだ。

「メガちゃん、女装がとっても似合ったの!」

その言葉にスコルポスは固まり、テラザウラーは舌打ちし、ワスピーターは甘味を求め鞄を探った。

ナビ子ちゃんは、遠い昔に思いを馳せた。そして馳せるだけでなく、古参の彼らも見聞きしていないような(下手を打てばこの世に生まれ出てもいないような)、そんな昔話はこうして幕を開けたのだ。







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