Present
□にょた作品交換PartU。あすま様へ
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3gさんが見てる
「だっこちゃん人形みたいにひっついてくるんじゃないッス馬鹿ハチ!」
「うるさいぶんこのクモー!」
「黙れハチ!」
「クモー!」
「ハチィー!」
低俗ないがみ合いほど鑑賞に耐えないものは無い。両側を岸壁に挟まれた、この狭苦しい谷間では尚のこと。
軽食後の運動に取りかかったタランスから視線を逸らしたメガトロンは、逸らした先でたまたま其処にいた副指揮官が何かを考え深げに見つめているのに気がついた。何を見ていたか?それはまさしく、つい今しがた視界から追い出したばかりの騒がしい連中をだ。
「どうしたスコルポス。腹でも減ったか」
「いやー、生のネズミはキツイっす」
全面否定はしない処がまたこいつらしい、とメガトロンは思った。ならば無理して喰えと命じたならば、こいつは生きた鼠を呑みこめるのだろうか。さして興味は無かったが、試してやってもよかった。いつまでもそちらばかりを見ているつもりなら、今すぐにでも命じてやっても良い。
「ワスピーターのやつ、あいつとも寝たりするんですね」
「嗚呼…。どうもそうらしいな。よりにもよってあの蜘蛛を抱き枕に選ぶとは、気が違っているとしか思えんが」
「そりゃ言えてますねー。でも、ふふっ」
腕組みをしたスコルポスが微笑んだ。
「俺、胸揉まれてるタランス見てみたいです」
その拍子に押し上げられた胸が刺激的に並ぶのを見ていたので、メガトロンはてっきり気を取られていたせいで己の耳が何か聞き間違えたのかと思ったのだが。
「…ん?何だ、今何と言った?」
数秒置いて、空耳ではないのだと気付いた。問われたスコルポスは肩を竦め、口元に微苦笑を浮かべて答える。
「それが…ワスピーターの奴、一緒に寝てる奴の胸揉んじまうらしいんですよ、癖っつーか、無意識らしいですけど」
「…それは初耳だな」
可笑しな癖だ。…せいぜいタランスが不眠に悩めば良いのだが。鷹揚に頷いたメガトロンがそんなことを考えていることなど露知らず、スコルポスは怒鳴り合っている二人を面白そうに見ていた。被害を被るタランスを想像して楽しんでいるらしい。だがメガトロンへの返事を忘れるほど夢中になっているわけでもなかった。この中途半端がいけなかったのだ。
「俺も知らなかったんですけど…前にやられたんで、それで」
無意識とは恐ろしいものだ。スコルポスは最悪のタイミングで、開くべきでない口を開いてしまった。
「…ほう」
メガトロンの声を聞けば、その機嫌が一気に氷点下に下がったことはすぐにわかっただろう。普段のスコルポスなら。そもそも日常であれば、メガトロンにこんなくだらない話などしてはいけないと、スコルポスは己の口を噤みもしただろう。
その自重故、スコルポスはこの事実を今まで知られずに済んでいたのだと言えた。
「詳しく聞こうじゃないか…?」
だがタランスとワスピーターの漫才の様な掛け合いは愉快で、ついつい目が引き付けられてしまう。基地から移動して今まで特に何もやることが無く、皆退屈していたのだ。スコルポスも、その例に漏れなかった。
「ワスピーターのやつ、一人じゃ寝られないつってたまに俺の部屋来るんですオラ」
ガキですよねーと笑うスコルポスはまだ己が失言に気付かない。表面上は上手く取り繕っているだけで、メガトロンの胸の内では嵐が吹き荒れていることなど知る由も無かった。
「…そうか」
まさか、こいつは。メガトロンは、内心驚愕してスコルポスを見た。爪先から頭頂部までじっくりと、あらゆる意味でよおく知っている体を改めて眺める。細く締まった足首、すらりと伸びた柔らかな肢体、肉付きこそ蜘蛛女には負けるが、それでも形の良い臀部や胸を持つその体は十二分に魅力的だ。それなのに。そんな体をしておきながら、なんだ。こいつは。
「クセ」だとかいう蜂の言い分を、まさか信じているというのか?
「馬鹿な…」
「ほんっと馬鹿ですよねー」
くすくすと笑うスコルポスの能天気さはまったく可笑しいほどで、なのにちっとも笑えやしない。
「…ワスピーターが貴様に懐いているのは知っていたが…そこまでされて、腹が立ちはしなかったのか?」
「そりゃま、最初は…でも最近はもう慣れちまって」
慣れた?最近?貴様何回触らせたんだ。
身につけた黒いタートルネックの所為で、その豊かな膨らみは余計に強調されて見える。…ワスピーターめ。よりにもよって俺のものに手を出すとは。なんだ。随分生き急いだものだ。
その行い、万死に値する。
「スコルポス?」
「はい、なんでしょうメガトロンさ、」
名を呼ばれ。ようやくそちらから目線を外したスコルポスは、少しばかり不思議なものを見る目で己が上司を見つめた。
「………ま?」
いやに静かなのだ。そう遠くない場所でワスピーター達が騒いでいる声は確かに煩いのに、何故だかやけに遠くで聞こえるような気がしてならない。まるで岩場の反響も何もかも無視して、この場所が音を吸い取ってしまったように。
そう、まるで嵐の前の静けさのように――
「―――!!」
あ。
能天気だと称された笑みを慌てて引っ込めても、時すでに遅い。遅すぎた。これはヤバイぞと焦っても、既に手遅れだったのだ。
「先程の話、興味が湧いてな…」
スコルポスが、引きつった顔で一歩下がる。するとメガトロンが、厭味なくらいにこやかな顔で2歩詰める。
数歩の距離をあっという間にこれでもかと縮められ、突如目の前に立ちふさがった長身痩躯の御方。いやもうなんというか正直その、怖い。
「きょ、興味って、言っても…!あの、そのなんていうかさっき話したこと以上の話は何もっ」
「…何も無い、か?」
細められた瞳が、嫌に親しげに。そして悪童のように疑り深くこちらを見つめる。その赤い瞳に射られた瞬間、胸がくっと詰まり息苦しくなった。
うそつきめ、と低く囁かれた声が背筋を這い上り、わけもわからずただ強烈に、罪悪感と背徳感を掻き立てられた。鼓動がやけにはっきり聞こえて、首もとにじわりと汗が浮き上がる。胸が締め付けられるのに、それが何故だかさっぱりわからないのだ。何故こうも、悪いことをしているような気分になるのだろう?
「今は任務中だ、スコルポス…」
びくりと震えた両肩が手のひらに包まれると、メガトロンは笑みを一層深いものにした。口の端を三日月形に吊り上げると、見せつけるように殊更ゆっくりと唇を開いた。
「…帰ってから、ゆっくりとな」
その言葉は、時間をかけて脳まで沁み渡ったのだろう。
見下ろした大きな瞳から、ぶわっと水が溢れた。それを認めると、メガトロンは満足げに頷いた。くるりと返した体を腰から引き寄せ、のしかかる様にして腕の中にすっぽりと収めてしまう。首元にかかった暖かな呼気が正気に戻したのか、今さら身じろいで逃れようとするのを鼻で笑い、耳朶に唇を寄せて囁いた。…馬鹿め、と。
一晩中かけて聞きだしてやるから、楽しみにしていろ。
青ざめた表情から一転、燃え盛る石炭よりも真っ赤になったスコルポスに、もう耐えられないとテラザウラーがぽつり呟いた。