Present

□それなら許さば仕方ない!
1ページ/4ページ







一陣の風が吹き抜けた。

「うぉっ」

傾いだ感覚に慌ててバランスを取る。まだ止みきっていない風が、それもけして弱くはない風がびゅうびゅう鳴っていた。
冷汗がつつーっと腹を伝っていく感覚に身震いする。高所作業中の落下なんて、想像するだけでゾッとする。
テラクラッシャー号の艦首で、腰には命綱が1本。平静を乱すのは冗談抜きに命取りだった。
気を落ち着かせるために、今にも震え出しそうな足を睨みつけていた。しかし何の因果か横暴か、はたまた日頃の行いが悪いのか、絶対見たくないと思っていた下界の景色が目に入ってしまう。
血の気が引く、指先が冷える、意識が一瞬遠くなる。
…俺もしかして高所恐怖症かも。
嬉しくもない発見に泣きそうになりながら、なんとか足を動かした。止まったらもう動けない、わかってる。

今日の任務は、昨晩の雷雨で破損した監視カメラの修繕だった。
必要不可欠とは言わずとも、飛行スキルがあれば格段に安全かつ確実にこなせるであろうこの作業を、なぜ俺にやらせるのか。
決まってる。それがボスの気まぐれ、嫌がらせだからだ。
インフェルノは頭がアレだし、ワスピーターはちょっと不安だな、外に出たっきり戻ってこない可能性もあるし。うん、やっぱりここはお前に任せたよ。頼りにしてるぜ。的な意味ではない。断じて。
ぶっちゃけ、間違いなく、パワハラだと確信しているが、メガトロンに逆らうのは紐なしバンジーより死亡率が高いので、なんとか此処までやってきた。沢山自分を誤魔化した。だまくらかして嘘ついて、なだめすかしてやってきた。
そう。俺はここまで、充分頑張った。

「だからもう!お願いだから許してぇえっ!」

彼の、心からの祈りを聞き入れたのは彼の神様か仏様か、それともこの星で眠りについていたご先祖様だったのか。
真偽は定かではなかったが、兎にも角にも、切なる願いは天を動かした。

今日一番の烈風は、彼が賜ったご褒美だった。ありがたくも尊いそれは、彼のバランスを一瞬だけ、しかし完璧に崩してみせた。

「うぉおっ!?」

彼が幸運だったのは、慌てながらもしっかりと命綱を持つことができたことで、

「――うぉおおおおおおおおっ!?」
不運だったのは、綱が傷んでいたことだった。


























それなら許さば仕方ない!






























雨上がりのぬかるんだ地面に頭から突っ込んで昏倒していた彼を発見したのはワスピーターだったので、穀潰しの汚名は返上されてしかるべきだった。
彼がそうしなかったのは理由があった。あんな蜂なんてと軽視していたわけでも、落下中の走馬灯に思いを馳せていたわけでもなかった。全身打撲の痛みもその理由ではなかった。
彼はただ、何もわからなくなっただけだった。

「俺は誰なんです?」

「はぁ?」

3回目、と彼は数えた。この台詞を言うのも、「馬鹿じゃねえのこいつ」と語る目を見るのも、今日で3回目になる。
最初はわからないなりに罪悪感もあった、が。今はもう、同じ質問を何度も繰り返してくる奴らへの腹立たしさしかない。
よってたかって詰め寄られて、混乱してるのは俺の方だ。ただでさえわけわかんなくてグッタリきてんのに、これ以上疲れさせんなってーの。

「ネタなんスか?」

「違うみたいだよぉ?」

「あー、その。落ちた時に頭を打ったみたいね、ってあの、女の子が…」

「ぼくが見つけたんだぶーん。
ね、褒めてスコルポス」

「え、あ、うん、ありがとう」

ワスピーターと言うらしい幼顔の彼は、話にまるで脈絡が無かった。思うように進まない説明に苛立ったのか、気の短い性格なのか、白衣の男は不愉快そうに頭をガリガリ掻きむしった。

「フゥン?なのに自分の名前だけは覚えてたんすか、ご都合主義ッスねぇ」

「あ、いや、ワスピーターに教えてもらって」

「何にも覚えてないんだって」

「フーン」

白衣の男はタランスというらしい。彼の雰囲気がなんとも剣呑なので、スコルポスは何か気に障ったかと懸念していたが、それが勘違いであることにはすぐ気がついた。男の視線は常にワスピーターに向けられていたからだ。
だがそれを知ってか知らずかワスピーターの機嫌はすこぶる良く、タランスを省みる様子が全くない。
鼻歌でも歌いそうな様子で、念のためということで寝かされている俺のベッドに腰掛けて半分以上も独占している。
…懐かれている、のだろうか。理由はぜんぜんわからないのだが。

「で、うちのボスはなんて?」

「えーとね、なんか笑ってた。馬鹿だなって」

「…その意見には同意するッス」






次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ